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好きな相手を好きな人 4
雄大のせいにするのは簡単だ。
だがそれは自動車事故が起こるから自動車を廃止しろと言っているようなものだ。
避けられない運の悪い事故もあるだろう。けれど、俺を轢き殺しにかかっているコイツらは飲酒運転か最低の悪乗り野郎どもだ。赤信号をみんなで猛スピードで進んで青信号を歩いてる俺を跳ね飛ばしている。
普通は赤信号は止まるものだ。右折するにしても歩行者優先だろ。青信号を渡っている人間を轢いていいと思ってるなら免許証を返上してくれ。社会で暮らしていくルールが守れないなら社会に出るな、迷惑だから。
しかも、轢き逃げ犯が戻ってきてわざわざご丁寧にまた轢き殺しに来る。それを雄大のせいにするなんてありえない。明らかに乗っている人間の責任で使われている車に罪はない。こいつらは自分たちが乗り回している車を恋とか愛情とかだと思っているのかもしれない。不快極まりない。
「サミーとエッチ出来ないからサミーと付き合ってる相手とエッチするしかないよねえ」
その理論はおかしい。
俺の心の声を誰も代弁せず沈黙が落ちる。
今こそ身につけたツッコミスキルを活用しろと副会長を見るが眉を寄せて何やら思案顔。
「あの人の気持ちも考えろよ。恋人が他の相手とどうにかなってるなんて……」
「サミーは泣くだろうねえ。でも、泣くサミーもかわいいじゃなあい」
不良も副会長も会計の言葉を否定しない。
雄大がかわいいことは知っている。初等部の頃はサミーの呼び名が似合うプリティー天使でしたよ。今は格好いい男前様だけど今朝は俺に縋りついて大泣きしてたいた。雄大はかわいい。そのことに異論はないが、そういうことじゃねえだろ。
雄大が幼少期が天使で現在は神々しい大天使で電話の向こう側で魔王になってても俺が拷問を受ける理由にはならない。
自分自身でも勘違いしないように何度だって繰り返す。雄大が俺をこの状況に陥れたわけじゃない。雄大は少しもそんなことを思っていない。望んでない。雄大は俺を好きで周りが嫌いな人見知りな天使だ。
なのに、なぜ俺に対する行動が八つ当たりで筋違いだとなんで誰もツッコミを入れない。
どうして雄大に向けるべき感情を俺にぶつけるのが正しいと誰もが思ってるんだ。
常識を持っている人間がここにはいないと諦めたくないが多数決の結果として俺は敗者らしい。
「俺の行動は何も間違ってないよねえ」
会計の言葉に親衛隊二人は拍手しだした。この部屋にいる奴はみんな雄大にカカト落としを食らうといい。安全靴は鉄板入りだから頭蓋骨が陥没するかもしれないから思うだけで雄大がやろうとしたらとめるけど。雄大を殺人者にしたくないからとめるけど。本当、ムカつく。
お前らの行動は間違いだらけだと大声で訴えたい。
もちろん、まだその時じゃないのはわかってる。
きちんと動けない俺の今の状態で会計たちを煽る行動は出来ない。
副会長が会計にハサミを向けて親衛隊を牽制しているけれど意味があるか微妙だ。
手が疲れてきたのかプルプル震えている。会計の顎の下あたりをハサミの先がツンツンしている。
その中で雛軋はノーマーク。親衛隊二人なら不良が何とかできるかもしれないが黙っている雛軋に誰も注意を払っていない。
警告の声を出すべきか悩んでいたら状況は一変した。
目の前のことが上手く理解できない。
一瞬のことだった。
雛軋が動いたと思ったら副会長に突っ込んでいき、その手を取った。
近くにいた不良も反応できずにいた。副会長に掴まれていた会計は尻もちをついている。
真っ赤な血が床に広がっている。
絨毯が敷かれておらずフローリングだから掃除が楽だと一瞬思ったのは冷静だからじゃない。
混乱しているからこそだ。
赤い液体が副会長の服を染め、床に広がる。
嘘だ、こんな事があるわけがない。
倒れた副会長の胸にハサミが刺さっている。
雛軋が飛びかかって副会長の手をヒネりあげてハサミを持っていた手を副会長自身に向けさせた。
最初はもつれ込んだのだと思った。
雛軋の小柄な身体でもひ弱な副会長は助走をつければ倒れるだろう。
だからさっさと話をつけてしまえばよかったんだ。
不良が会計を説得なんてしようとするから間違っている。
床に副会長の眼鏡が転がっている。会計がそれを踏みつけた。
スリッパの下で歪むフレーム。割れることのない眼鏡に意外な丈夫さを知りながら笑う会計にゾッとする。
雛軋は「不良って怖いね」と言いながら俺の近づいてきた。
「副会長を脅して会計の部屋にやってきた不良。不良は会計を襲ったけれど副会長が身を挺(てい)して守った……だよね」
「なに言ってんだっ。おまえがっ!!」
「副会長とこの不良が揉めてるところ、みんな見てたよね?」
雛軋が会計と会計の親衛隊に笑いながら聞いた。
三人は揃って「不良が副会長を刺した」と口にした。
狂ってる。やっぱりこいつらは狂ってる。
わんわんメモには「雛ぴよではなく怪鳥。純粋さは魔物である」とあった。
これを純粋というのならテロリストとは純粋な人間ということになるのだろう。
一途にひたむきに狂っている、化け物。
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