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好きな相手を好きな人 5
アゴをつかまれて口を開けさせられた。
ペットボトルのお茶を流し込まれてむせる。
身体を折り曲げって咳き込む俺に「だいぶ、クスリが抜けたのかな?」と雛軋は笑う。
人一人を殺したとは思えない顔。
薄気味悪い雛軋に覚悟していた意思が折れそうになる。
気持ち悪くて仕方がない。理解できない。
なんでこんなことが出来るんだ。
「かわいいね。泣いてるんだね。副会長が憎くないんだ? 自分を汚した相手でも傷ついたら辛いんだね。優しいね。だから、キミには僕が似合うんだよ。優しく愚かなキミには僕といるのがいいよ。僕はキミを愛しているから愚かであっても愛してあげる」
俺の涙を満足気に見つめながらペットボトルの中身を俺に飲ませていく雛軋。
飲み込めなかったお茶が首や胸のあたりを濡らしていく。
「そういう押しつけがましさは同じタイプの相手にだけしろ」
淡々と口にする不良が信じられない。
副会長とどういう関係かは分からないが連れ立ってやってくるぐらいの仲なんだろう。
雄大好き同盟なのか何なのかは分からない組み合わせとはいえ、副会長が死んで不良が何とも思わないでいるなんて信じたくない。
「おまえの愛はそいつにとっては迷惑なんだ。おれの気持ちがあの人にとって迷惑でしかないように」
そう言って不良は雛軋の腹を殴りつけた。
驚いている俺の胸ぐらをつかみあげて「立てるか」と聞いてきた。
親衛隊二人も会計も意識がないのか倒れている。
シューっとスプレーを吹きかける音がして、視線を向けるとマスクにメガネの制服姿の男がいた。
小柄とは言い難いが長身というほどでもない。
中肉中背の普通の生徒。制服を休日に着ているのだけが異様。
雛軋の顔にスプレーを吹きかけ親衛隊の二人にスプレーを吹きかけ、それぞれ三人を蹴り飛ばして眠っているのを確認している。
不良に掴まれていた手を離されて自分の足で立つがふらつく。
マスクの生徒が「だいじょうぶか?」と聞いてくれるがいぶかしみながら頷いた。
声に聞き覚えはない。
呼吸のたびに曇るメガネが気になる。
「とりあえずこの三人を縛る何か……」
周りを見渡すマスクに「玄関に荷造り用の紐かガムテがあるはず」と告げるとすぐに取りに行った。
会計は目を開けているが動けないようだ。
何が何だかわからない。
制服姿のマスクが三人を一つに縛りあげて、口にガムテープを貼りつけた。会計は両手と両足をガムテープでグルグル巻き。
「解けるって言えば解けるかもしれないからどこか移動しよう」
ついていっていいのか気になったけれど、そもそも副会長の死体をこのままにしていいのか迷っていたら悲鳴が聞こえた。犯人は副会長だ。不良が副会長の頬っぺたを叩いていた。
「起きてます起きてます!!」
頬っぺたを赤くした副会長が涙目で訴えた。
不良が軽く「わるい」と悪いと思っていなさそうに言った。
「頭を打ったぐらいで意識を飛ばすなよ」
「いえっ、死んだかと思ったじゃないですか!! あのこ、なんなんですか!? 怖いです、怖かったです」
ふと、血の匂いがしないことに気づいて床のものが血糊なのだと気づく。
俺の位置から胸に刺さったように見えただけで胸をかすめて床にハサミが突き刺さったのかもしれない。
それにしても副会長が死んだふりをする理由が分からない。
三人に吹き付けていたのは催眠ガスみたいなものだろうけれど普通に手に入るものじゃない。
普通は部屋全体をガス室状態にするものだ。スプレー程度で意識を失うレベルの薬剤を人に振りかけるなんて危険人物に感じる。
「あ、もしかして俺のこと疑ってる? このスプレーはただのラベンダーの香りだよ」
逆にその返事で疑わないと思っているのか。
思わず後退すると「筋肉弛緩剤を彼らに打ち込んだんだよ」と言われた。
「さっき副会長が死んだのかってバタバタした時に扉の陰から頑張ったんだよ。薬は時間差で利いてくれたくれたから手間取らなくて済んだ」
「こいつが教えてくれたから、おれたちはここに来た」
「あ、パンを届けに来たのは本当ですよ」
マスクに吹き矢のようなものを見せられたが納得できない。なぜそんな忍者みたいなことをしているんだ。
副会長が胸元を血まみれにしながら床に置いているパンの袋を指さした。
まだ動かない俺にマスクが「中庭じゃなくて庭園にいたとはね」とスマホとペンを渡してきた。
そこで俺の頭の中に思い浮かんだのは倒れながら見たチャットの画面。
「村人A?」
俺の言葉に大きめの眼鏡の奥にある瞳を細めて笑った。
正解ということだろう。「わんわんに感謝しろよ」と言われて頷いた。
犬柄のラッピングのかわいいお菓子でも貢ごう。
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