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好きな相手を好きな人 8
「俺を否定する人間は俺を好きでいる雄大を否定してる。それをまるで分かってない。俺の否定が雄大の否定につながっているから雄大はお前たちを全部否定するんだ。好きになるわけもないし、視界にもいれないし、興味も持たない」
「俺はサミーの恋心を否定したりは――あぁ、そっか……だから、サミーは俺を嫌ってくれたんだ。そっかあ。親衛隊すらただの駒だけど、サミーはいろんなことをして反応を見る俺を嫌がってちゃんと嫌ってくれた」
会計が繰り返し「嫌ってくれた」と口にする。無反応以外を引き出せたことが特別だと会計は理解している。雄大から人間として見られている、駒じゃないからこその好悪。雄大が俺以外に冷たいことを知っている。
その理由が俺の待遇だけというわけじゃないのも分かっている。
雄大の中に周囲の自分への評価に対する不信があるのだ。
見た目でちやほやされているという意識が抜けない。
卑屈ではないけれど雄大の価値基準は俺だ。
金宮哉太が褒めないことはどれだけ秀でていても雄大にとって無価値。
俺のことを好きすぎる雄大からすれば金宮哉太という人間を評価されないことは自己否定につながる。
そして、俺は俺が否定されて傷つくことには慣れても否定されている俺を見て雄大が気に病むことには慣れない。
雄大が好きだからこそ雄大の表情を曇らせたくない。
いつだって訳知り顔で俺と雄大を語るなと叫びたくなる。俺の雄大を騙るな。雄大への理解度なら両親より誰より俺が上だという自信がある。
「誰だって自分を否定されたらイヤでしょ。……でも、みんなでサミーをそうと知らずに否定し続けた。だから、人見知りなだけだった天使が氷の女王を経て冷酷無慈悲な皇帝様になっちゃった」
雄大が氷の女王と呼ばれていたとは知らなかった。中学時代は女王と言えなくもなかったかもしれない。俺以外へのあたりが強くなって空気を冷たくさせるなんてことよくあった。
親衛隊をはじめ、五月雨雄大を好きだと言いながら俺が雄大に不釣り合いだと忠告という名の警告をしてくる人間を雄大が嫌うのは「五月雨雄大が金宮哉太に不釣り合い」だと聞こえるからだ。
俺の、金宮哉太の否定じゃない。
五月雨雄大の否定に聞こえて許せなくなる。
感情は抑えすぎると無になる。俺がスルーしている手前、雄大は大きく動けない。
けれど、日々「五月雨雄大では金宮哉太に相応しくない」という言葉は届いていたのだろう。
雄大の自己評価が決して高いわけではない。
俺様会長なんて夢のまた夢なことを考えれば、毎日ストレスで顔面の筋肉だって動かしたくなくなる。
「好きな相手を同じように好きなら分かり合えるだろうけど、俺とお前じゃ無理だよ」
副会長にムカッとしても、そこまでイヤな気持ちにならなかったのは雄大に共感する姿勢を見せていたからだ。
ふざけるなと被害者的な立場で思った。
けれど目の前の不良に対する不快感とは違う。
自分の行動を理解していない人間に対する苛立ちという意味では同じだ。けれど感情のベクトルが自分か雄大かで怒りの持続の仕方が違う。俺は俺自身を侮辱されるよりも、雄大を侮辱される方がムカつく。
俺の否定が雄大の否定だというのなら、雄大の否定は俺の否定になる。
あいつが問題を起こしたら俺の育て方が悪かったんだと保護者ぶるのが俺だ。
それはもう馴染み過ぎてしまったことだから直らない。
俺への文句は聞き流せても雄大への不当な評価は反論したくなる。
役員として一緒にいたからか、そこが副会長と不良の違いだ。
いまさら、俺はそのことに気が付いた。
副会長は雄大をないがしろにしない。
抜けているし、全体を見ることも出来ていないけれど、悪人とは思えないから嫌えない。
そして、俺は嫌えないことを受け入れられる。
副会長の株が上がったわけじゃない。
ただ、察したように青い顔で泣きながら謝罪してくる副会長に俺の言いたい言葉は届いているらしい。
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