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生徒会室の扉をノックする。 「………」反応がない。 また、コンコン…「……」反応が、ない。 クッソ、ふざけんな。俺は意を決して扉を開ける。 「おい、クソ風紀ィ?てめぇらはノックすらできねえのかよ」 そう不機嫌そうに文句を言ってきやがるのは例に漏れず会長だった。そして、その周りの役員どもも邪魔者を見るかのようにこちらに目を向けた。 「あーーー!!雄介!!お前も俺に会いに来たのか!!」 そう言って(叫んで)近づいてきたのは、威力のすさまじいマリモ野郎。俺はソイツを完璧に無視して、会長のデスクに書類を置く。 「無視す「昨年度末の前半期分の予算データと今月の備品破損報告書」」 渡したからな、と目で言うと会長はこちらを睨みつけてくる。 「それと、ノックは何度してもお前らが出ねえから、仕方なく入ってきたまでだ。俺達はお前らのように暇じゃないんだよ」 俺はそう言って、役員どものデスクに広がるお菓子のごみや、トランプを見てわざとらしく言ってやる。なんだよ、トランプって。修学旅行中の中学生でもやらねえぞ。やるなら、UNO一択だろうが。 「雄介!!!!!みんな仕事しているんだから、そんないじわる言うなよ!!!!」 そう言って闘牛のように突っ込んでくるマリモを躱し、そのままソファにダイブして書記と共にソファの後ろに落ちていく二人を見送る。いや、阿呆だろ。 「あ?仕事してんのは、今ここにいない会計くらいだろうが」 俺が会長を睨みつけてそう言い放つと、役員一同同じように顔を歪めている。 「そんなことない!!!みんな仕事してるって俺に言ったぞ!!!!!!!!!!」 ソファからずり落ちたままこちらに食って掛かるマリモ。おーい少し鬘がずれてんぞー 「お前の言うみんなって誰だ?そいつらはいつ仕事している?場所はどこで?風紀に来る生徒会からの書類は全て会計の字だ」 マリモにずい、と近寄って問い詰めればビン底眼鏡の奥にかすかに見える目が潤んでいるのがよくわかる。こんくらいで泣くとかガキかよ。 「ゆ、ゆ、雄介の馬鹿ああああああああああああああああああああ!!!!」 マリモがそう言って生徒会室から去っていくと、今度は役員どもからの負のオーラが俺をチクチクと差す。 「風紀の方には関係のないことでしょう」 副会長がそのお綺麗な顔を歪ませて俺を責める。 書記はいつの間にかソファに座りなおしていて、庶務の双子たちとともに俺を睨みつけてくる。いや、喋れよ。 俺は、会長の顔だけは見ることができない。アイツが、俺のことを忘れていると頭ではわかってはいるけど、さすがにしんどいものがある。それでも、なにかに負けたくなくて、ぐ、と目に力を入れて会長を見る。 …あれ、おかしいな。アイツはこんな目をしていただろうか、俺の迷いが心臓を引き裂くように痛みつけた瞬間、生徒会室の扉が勢いよく開いた。 「ここに、うちの者がきているだろう」 苦しくて重い重い鉛みたいな空気を切り裂いて生徒会室に入ってきたのは俺の上司。 今世に生まれ落ちて三年経ったあの日から不安で仕方のない俺の隣にずっといてくれた幼馴染。今すぐにでもその背中に頼ってしまいたくなる。 「ほら、帰るぞ」そう言って俺に手を伸ばすお前はに酷い既視感を覚えるのは、一体何故だろうか。 *** 手を引かれ、風紀室に戻るとそこには誰もいない。 鶴田は俺をソファに座らせると、休憩室に入っていく。俺は背もたれに身体を投げだしたままかちゃかちゃ、と何か準備をしている音を耳をすませて聞く。 すぐに戻ってきた鶴田の手には、湯気が立っているマグカップと、お湯の入った桶だった。桶を机に置いて俺に鶴田が普段使っているマグカップを持たせる。ホットミルクだった。 二口程飲んで、カップを机に置くと「もういらないのか?」なんて聞いてくる。織が静かに頷き、そっと視線を鶴田の方に向けると、鶴田は「怒んないから、そのまま横になっちまえ」と言って温かい濡れタオルを絞って織の目元に当たる。じわりと広がる温もりに、単純に濡れタオルのおかげなのか己が泣いているのかは見当がつかなかった。 織が寝息を立てはじめた頃に、鶴田は彼の側で祈るように顔を覆った。 「お前は、本当にばかだなあ…… お前が望んだ癖に、なんで気づかねえんだよ…」 風紀室に、鶴田の静かな声が落ちる。 「ばぁか」 織の意識は既にそこにはなかった。 *** 「なあ、」 「なんだ」 海辺の見える小さな家に西日が差し、食卓には眩しい程に光が差している。空は青とオレンジをパレットでぐちゃぐちゃにしたような色をしている。 「前回は上司と部下、前々回は人種違い、その前は……なんだっけ?」 「国が違った」 「そうだったっけ?あー、敵国同士でなかなか会えなかったんだっけ?」 「そ」 「2人とも魔族の時は楽しかったよね〜、お互い距離近かったし!」 「は?お前なかなか自分の気持ち認めなくて大変だったじゃん」 図星を貫かれ、ぐぬぬ…という顔をすると「早く食べろよ」と怒られた。俺はそれを気にもせず話し続ける。 「俺たちって出会うの遅くない?酷い時はお互い100歳過ぎてたり」 ふわふわの卵焼きを口に運ぶと、口の中に甘くて優しい味がする。これは、彼の一番得意な手料理だ。 「次はさー、もっと近くに生まれてきてよ。物理的に!!」 「物理的ってなんだよ」 「いや、さすがに双子とか兄弟じゃ恋愛できないじゃん?」 「家が近いとか?」 「そ!」 そう言って、青い髪をした彼の手を握ると、彼は顔をしかめてみせる。 「おい、飯中」 行儀の良い彼が、こうやって怒ることは知っていた。それでも、 「ね?お願い」 きっと彼は俺の「お願い」に弱いのだ。彼はひとつ深い息を吐き出すと、俺の手を握り返して言った。 「………幼馴染ならどうだ?」 「ふふ、いいね、それ」 ふたりは笑いあって、手を互いに解き、静かに食事を再開した。穏やかな時間だった。 そのふたりの頭上には、大きな隕石が迫っている。 *** 目を覚ますと、そこは風紀室でもなく、間取りは同じだが自分の部屋でもない。布団から俺のものではない、優しくて懐かしい匂いがする。 俺はベッドから飛び出して、寝室の扉を開ける。 「鶴田!!!」 キッチンへ向かうと、制服の上からエプロンをつけた鶴田が卵を綺麗に巻いている。 「なんだよ、朝から。うるせえな」 こちらを見る気配の無い鶴田に、俺は不安になる。 …最悪な人間違えを犯した俺に愛想を尽かしてしまっただろうか? そう思うと、俺は迷いなく鶴田に近寄り、後ろから抱きついた。 「おい、危ねえぞ」 「ごめん、」 鶴田は深いため息をひとつつくと、身体ごとこちらを向いた。 「やっと思い出したかよ」 そっと触れる唇に、俺からもう一度深くキスをする。 その日食べた卵焼きは、少し焦げていたけど美味しかった。ふたりの頭上は隕石などなく、ただただ清々しい程の晴れ間が広がっている。 *** 「いい加減にしてくださいよ、会長」 「そ~だよ、カイチョー!俺たち折角協力したのにさぁ~~」 「意気地なし」「腑抜け」 「…………ばか、」 苦い顔をした会長が、黙々と仕事を続けている。 「はぁ……前世もその前もまたその前も……!!私たちが協力して彼と貴方をくっつけようとしているのに……!貴方は……!」 「あの時、カイチョーしか仕事してないっていうカイチョーの好感度アップ作戦だったのに…その為に、筆跡統一したのにサー!!! 面倒臭いからって俺に押し付けるからデショーー!!!」 「まさか、彼が我々の筆跡を知っているとは……」 「多分、俺数字の8が独特なんだよねぇ…」 更に落ち込んでいく生徒会長を尻目に、役員達は反省会を進めていく。 そして最後に必ず「次がありますよ!」「そうそう、何回このくだりやってんのさ」なんて言って今度は会長を励ます会にシフトしていくのだ。 そうして、その次とやらが来世になっているのに会長たちが気づくのは明日か、それとも来世か。 神のみぞ知る。

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