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第六章 一晩中踊れたら(music by Shelly Manne & His Friends)1

 文彦はくちづけから離れて、淳史へと幾つかの質問を端的に投げかけた。大きな瞳が縹いろに深く沈んで、唇は引き結ばれ、淳史の前で佇んでいる。  問われた内容に戸惑いながら、言葉少なに返した淳史は、文彦の手に押されて奥の部屋で待っているように促された。文彦のフラットな声色に、淳史は何も言えずに窺っている。  文彦はちらりと時計を見て、何かを決めたように一度だけ瞳を瞬いた。 「三十分――待ってて」  淳史の戸惑いをよそに、文彦は踵を返すとスタスタと歩いていく。  玄関からふらりと出て行ったかと思うと、しばらくして買い物袋を片手に帰ってきて、そのままバタンとバスルームに籠って鍵をかけた。  言った通りにきっちり三十分で、文彦はベッドルームのドアをガチャリと開けた。  そこには一瞬、袖をまくりあげた白いシャツ一枚だけを着た文彦が、すんなりとした白い両脚をさらして素足で立っているのが見えた。海辺の駐車場で淳史が触れた足指は、冷たい床を踏んで部屋へと入ってくる。  しかし、文彦が壁づたいに手を這わせて、バチンと電気のスイッチをオフにしてしまうと、その姿はスッと闇に消えた。 「文彦」  瞬間にあたりは真闇になって、音さえも消え去り、まるで別世界の穴底へと落とされたようだった。  傷の処置をした時に一度だけ見た文彦の白い肌をもう一度追って、淳史はベッドから立ち上がろうとしたが、やんわりとした力でそれを抑えられた。  闇に少しずつ目が慣れてくると、すぐ近くに文彦の存在が感じられて、淳史は手を伸ばして触れようとした。 「文……」  言葉を塞いだのは、やわらかな唇だった。  淳史は驚いたが、愛しさと悦びが勝って、目を閉じて唇を甘受した。  文彦は首を傾けて、唇をひらいてキスを続けていく。 だが、先程までの静かで穏やかなキスではなかった――あたたかな舌が歯列を巧妙に割りひらき、その間から忍び込み、巧みに舌を、歯を、口内を擦っていく。  追いかければ嘲笑うように逃げて、ふいと諦めれば強く吸い上げる。唇をなぞり、覆い、明らかに反応を引き出すためのキスに、淳史は翻弄されて押し流されていく。  淳史は巧みな舌の技巧に呼吸を忘れて、文彦の首筋に指を伸ばし、シャツのボタンに触れようとした。  キスを続けながら、文彦はその長い指をやんわりと抑えて封じ、淳史の体をベッドへと押し倒した。それほど文彦が力をかけているわけでもないのに、淳史は抗えずに、文彦の為すがままになっていく。  文彦は手早く淳史の服を脱がしていき、そのなめらかな肌をさらしていった。  すらりとした彫像のような長身の見た目のままに、筋肉でしっかり引き締まった体躯は、弾力をもって熱かった。その肌と同じ色のペニスはすでに反応していて、隠すこともなく存在している。  淳史の唇を、耳朶を、首筋を、鎖骨をキスしながら、文彦は触れるか触れないかの手つきで、緩急をつけて肌のすべてをなぞっていく。  じれったさに満ちた感触に、淳史は身じろぎして文彦の肩をつかんだが、何も変わらない。  決定的なところに触れない手指は長らく淳史の肌をくすぐり、唇と舌はやわやわと滑っていって、もどかしさに淳史は呻いた。  光のない暗い部屋の空気は文彦があやしく支配しており、淳史は高波に押し上げられて戻れなくなっていた。高まった熱と、どうにかなってしまいたい誘惑が、ゾクゾクと背筋を駆け抜けていくようで、淳史はきつく眉をよせた。 「文彦――」 「しーっ」  密やかな囁きがして、文彦は身をずらしていった。秘密じみた禁断の遊びをするように、文彦は指先をひらめかせ、淳史の昂ぶりの先端をかすめるように擦った。 「う……っ」  じらされていた体は、それだけで身を折った。  てのひらでいつまでも長く先端だけを撫で回されて、淳史の体の熱が溜まっていく。淳史の内股がビクッとふるえるのを見てとって、文彦はてのひら全体で昂ぶりを包み、上下に蠢かした。 「文彦……っ」  切羽詰まった声で名を呼び、文彦の肌を探すが、その前に文彦はさらに下へとずれていく。  そして、やわらかな唇と舌で、おもむろに淳史の昂ぶりを包んだ。  淳史は驚いて文彦の髪に触れたが、集中しているのか反応はない。  キスと同じく、その技巧は精確に反応を引き出し、押し上げ、翻弄していく。激しく吸い上げられて、淳史は大きく呻いた。 「だめだ……!」  蠢いている文彦の頭を撫でた時には、舌に絡めとられながら、強く吸い上げられ、指先で激しく上下されて、淳史の熱は逃げ場を失った。 「うぅッ」  淳史はぎゅっと目を瞑り、下腹に力を込めて、我慢しきれずに吐精した。白い精液は文彦の口腔へと激しく放たれていき、淳史は呆然となってはあはあと息を乱している。 「文彦……」  甘さのからまったかすれた声で淳史は囁き、名を呼んだが、文彦は振り返らずに身を起こして動いていく。  そして、ゆっくりと淳史の両脚の上へと跨った。  薄闇にも白いシャツの背を向けて、文彦は両手をつかって淳史の内股から昂ぶりへと行き交うように愛撫していく。  淳史の体は、意識とは別にすぐに反応を取り戻し、文彦のてのひらと指先のあやしい蠢きに翻弄されて、持って生きようのない切ない熱が渦巻いている。  文彦は、淳史に背を向けたまま、シャツの裾に隠れている腰をゆっくりとあげた。  淳史が指先を伸ばし、その腰へと手を回そうとすると、文彦の手が重なって誘導し、淳史の昂ぶりを支えてつかませた。上を向いたそこへと、文彦は前かがみになって、ゆるゆると腰を落としていく。  文彦の後孔の窄まりが、淳史の昂ぶりの先端へと押し当てられ、その感触に淳史は驚いて、ガバッと上半身を起こした。 「文彦! まだ何も……」 「大丈夫……準備してきたから」  文彦の後孔の内側はローションが仕込まれてあって、何もしなくてもぬめっている。  文彦はぐいと腰を落とすが、なかなかその先へは進まなかった。 「文彦、きつ……い」 その言葉にも何も反応はなく、挿入しようとするのを止めない。 「文彦!」  さすがに様子の不審さをいぶかしんで、淳史は完全に起き直り、文彦の細い腰をつかんで押しのけた。  押しのけた文彦の体を気遣う余裕もなく、心が憤った勢いのままベッドを飛び降り、バチンと叩くようにして部屋の電気を点けた。  パッと白く明るい光があたりを満たした一瞬、淳史は文彦の姿を見た。  うすく唇をひらき、白いシャツをまとってベッドに両手をついて、青ざめたちいさな顔がそこにはあった。  瞳はしたたかなのに、無表情に何をも映していない。  ガラス玉のように冷たく硬い瞳は、淳史さえも映していないかのように、何の感情もなかった。人形のようにうつろな視線を宙に投げて、よるべない迷い子のように彷徨っている。  一瞬のことに何もとりつくろえなかった姿は、青白く冷えていた。  次の瞬間、文彦は片手で髪を乱すと、顔を隠した。

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