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第六章 一晩中踊れたら(music by Shelly Manne & His Friends)2
一気に明るくなった部屋で淳史がベッドに再び上がって、粘液に濡れた白い手を取ると、文彦はサッと腕ごと引っ込めた。
淳史が近寄ると、文彦は色を失った唇でのろのろと微笑を浮かべた。
「きつかった? もうずっと長いこと使ってなかったから……」
「いや、そういうことじゃ――」
「何か、気に入らなかった?」
ちいさく呟かれたかすれた声に、淳史は言葉を失った。
「チェンジ――はできないんだけど。今ここに、俺一人しかいないから」
軽く笑いを含んだ口調が、むしろ淳史の心を刺した。
「そんな――そんな、ことは……」
淳史はどう言うべきか逡巡した後、ゆっくりと言葉を選んだ。
「すごく、上手だった……よかったよ」
「そう……? よかった」
どこか安堵したようにちいさく笑った文彦の顔。淳史は衝撃を受けて押し黙った。
「文彦は、痛くなかったか?」
「別に……」
淳史は傷ついていないか確かめようと手を伸ばした。文彦はベッドに仰向けになると、難なく両脚をひらいて膝を立てた。シャツの裾からちらりと白い内股がのぞき、その間へと淳史の指が這っていく。
長い指が後孔のまわりを確かめるように撫でて、窄まりをくるりと確かめている。
「痛い?」
「大丈夫……」
文彦はぼんやりと横を向いていて、視線は遠い。
淳史は浅い部分を確かめようと、後孔へと少しずつ指を差し込んでいく。後孔はゆっくりと指を受け入れて、中にローションが施された内側へと滑るようにのめり込んでいった。指一本は抵抗なく進んで、受け入れている。
淳史は指先の感覚に集中すると、文彦の後孔の窄まった内壁を何度か探った。浅い場所を確かめるように指の腹で撫でていくが、何も引っ掛かりはない。平べったい感触が続いて、くぼみがあるはずの箇所を刺激してみても、何も起こらなかった。
文彦自身にも何の反応もなく、感覚があるのかないのか、ぼんやりと宙を見ている。
誰かにゆっくりとほどかれたことも、愛されたこともないような――衝撃を受けて、淳史は動きを止めた。
誰かが時間をかけてじっくりとひらいた痕跡はその体には見受けられず、快楽も痛覚さえも、一切感じていないかのようだった。
つい先程までの追い詰めるような妖艶な技巧とのちぐはぐさが、淳史の顔に苦悩の表情を浮かべさせた。
文彦からはどんな反応も引き出せなかった。
ふと淳史の視線が向けられていて、指が埋め込まれていることに気付いて、文彦はうっすらとアルカイックスマイルを浮かべた。
心の見えない微笑みで、手を上げて淳史の肩へとかけ、誘惑の擬態で腰をひねって蠢かせてみせた。
「もう広がった? もう挿れる?」
抑揚のない声に、淳史はつよく眉を寄せた。
「それは……本気なのか……?」
呟くと、淳史は文彦の下肢を覆って隠していたシャツの裾を勢いよくめくった。
平べったい下腹に縦長の臍、腰骨から続いていく脚のすんなりしたライン、髪と同じ栗色のあわいに、淡紅色のペニスがあった。だらりと力を失っているそれはやわらかく、肌を合わせて愛しあう悦びも興奮も、どこにも見れらはしなかった。
脚から腹へと両のてのひらで撫でていっても、文彦の肌は冷たく、体はどんな反応もせず、ただ大きな瞳がガラス玉のようにじっと淳史を見つめているだけだった。
「どう、して……」
「何?」
文彦は微笑を絶やさなかった。
「どうして、俺と、しようと思ってくれた……?」
「どうしてって……可笑しいね。淳史がしたかったんでしょ?」
「それは」
「俺が淳史の家にいたから、欲求不満になったよね? それで、性欲処理したかったんだよね?」
「性欲処……」
淳史は絶句して、その言葉のすべてを言えなかった。
「迷惑もかけたし、世話もしてもらって、好きにもなってくれたけど、俺には淳史に何も応えられるものがないから。たぶんもう、こんなに良くしてもらえることは二度とない――でも、俺からあげられるものも、してあげられることも、そう大してないから。こういうことくらいしか」
文彦の自己価値の低さと、隠遁したかのような深い諦めに、淳史は一瞬、何も応えられなかった。
「あんまり久しぶり過ぎて……何年だろう……」
ふと大きな瞳のいろが濁っていき、眼差しはふらふらとし、自分の肩を凍えているかのように抱く。
「文彦!」
淳史は堕ちていく記憶から救い出したいかのように、うすい肩をつかむと抱き寄せた。
「どう……したの?」
文彦の瞳がパチリと淳史を見つけて、視線を取り戻して何度か瞬いた。
「いや……俺は――文彦が、俺のことを好きになって許してくれたのかと……思って」
「どうして? セックスに感情がいるの?」
そう問うた、文彦の何をも映さない瞳。
その体に叩きつけられた時間はあまりに深く根付いて巣食っていて、能面のような顔に微笑みが貼り付いている。
「じゃあ、文彦にとって、俺とのセックスは何なんだ……?」
「淳史がイクこと? 淳史が満足すること?」
淳史は苦しいかのように額を指で押さえて、目を閉じた。
「よく……こんな体で、ずっと……」
両手で顔を覆い、苦悩の溜め息を洩らして、淳史は肩をふるわせた。
性の技巧の高さはどうやって身に付いたのか――それとあまりにアンバランスなほとんど快楽を得られない体。
「こんな……」
青ざめたちいさな顔、冷たいままの体、何かを諦めたようなぼんやりした瞳、心のない微笑み。
淳史は悲哀の表情を押し隠すように、ゆっくりと抱きしめた。
「俺は、文彦が好きだから、文彦とセックスしたいと思った――文彦の一番近くにいることを許してもらって、この肌に触れて、愛したかった。他の誰かに触れたいなんて思わない。それを、許してもらえたんだと思って嬉しくて、文彦から触れてくれて愛しくて――」
淳史は、文彦のうすい肩に顔を伏せた。
「文彦とセックスして、他の誰も知らない文彦を知りたかった。俺とセックスして感じてくれたらどんなに――綺麗だろう……今も、すごく、綺麗だよ。文彦」
淳史がシャツのボタンをゆっくりと一つ一つ外していき、シャツを肩から脱がそうとすると、文彦の顔がわずかにこわばった。
「文彦の肌を見られるだけで、価値がある……俺にとってはすごく大切にしたいことなんだ」
ボタンの外されてはだけられたシャツから、白くなめらかな胸がむきだしにされ、唇と同じ色素のうすい乳首がさらされている。
淳史がシャツをすべて脱がそうとしても、文彦は頑なに背中を上げなかった。淳史は諦めて、はだけたシャツのまま、ゆっくりと首筋、胸、脇腹へとてのひらを滑らせた。
「きっと、今日のことは永遠に忘れない……」
恐れと戸惑いをひそめて、文彦は首を横に振った。淳史は栗色の髪をやわらかに指先で梳いては撫ぜた。
「文彦が、好きだ。この首も、脚も、手もすべて……大切で……愛しい。こうして文彦に触ると幸せになる。文彦の肌が、俺を幸せにしてくれる。他の誰でも駄目なんだ。ただ文彦だけが……」
淳史は静かに文彦に寄り添うと、首の下に腕を差し入れて、腕枕のようにして肩を抱いて肌を合わせた。じんわりとした熱さが伝わっていって、文彦は一度だけ瞳を瞬いた。
「文彦が、好きだ。この唇も、耳も、髪も」
淳史は、栗色の髪が渦巻く中へと顔をうずめ、穏やかに呼吸している。
その息の音を耳元で聴いて文彦は、ようやく淳史の顔を見た。そこには性の獰猛さもなく、穏やかで愛しさに満ちた眼差しがあった。
指先、手、腕、肩と淳史は一つずつ手に取っては、丁寧にそっとキスしていく。
そうすると抱きしめている肩のこわばりが少しずつほどけていくのを感じて、淳史はふっと愛おしそうに微笑した。
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