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第六章 一晩中踊れたら(music by Shelly Manne & His Friends)9
「文彦が、好きだ……すべてが……」
耐え切れずに、ベッドサイドにあったコンドームをつかむと、封を切って手早くつける。淳史は自分の昂ぶりを、そっと白い内股の合間へとあてがった。
大きく割りひらかされた白い脚は揺れて、文彦の眉がきつく寄り、息が止まる。
「ゆっくり……やさしく、するから――」
懇願するように淳史は囁いて、腰を推し進めていく。
「……っ」
淳史の昂ぶりは、文彦の後孔へと少しずつ埋め込まれていき、文彦は反射的に背を反らした。
余裕のない切羽詰まった表情、絞り出すような呻き声、悦びにふるえて熱を帯びた両眼――淳史のすべては文彦ただ一人へと向けられていて、果てしない悦びにうちふるえている、
「あ……文彦――!」
すべてが受け入れられて、腰と腰が触れ合ったところで、淳史は悦びに耐え切れず呻いた。
「う……っ」
文彦は、顔をシーツに擦りつけ、栗色の髪が乱れていく。
「淳史の、好きに、していいから……っ!」
途切れ途切れな声はかすれていて、喘ぎの合間に体はビクッとふるえている。
「早く、早くイって……!」
「つらい? 文彦……ここは?」
淳史は傷つけないように慎重に、さっき見つけた文彦のスポットを擦るように腰を蠢かした。
「うぅ……っ」
文彦は背を反らし、濡れて見ひらいた瞳で、淳史だけを見つめている。
「まだ、つらい? ここが、いい?」
「あ、う……」
文彦は答えられずに、切れ切れに喘いでいる。
やさしく尋ねられることも、気遣われることも、文彦は耐えられずに呻くように叫んだ。
「早く、早くイって……! 淳史の好きにしていいから……!」
朦朧とし、ゆっくりと揺さぶられて、文彦の熱の高まりはどこにも逃げ場がなかった。
「大丈夫……大丈夫だ。文彦――」
ひたすら文彦の快楽を引き出すために、ゆるゆると擦るように蠢いていく。
「セックスは、やさしくて甘いんだ……」
咽喉にからんだ甘い囁きは、浅くくり返される抽送とともに波打っている。
「お願い……」
文彦は体に広がる感覚に耐え切れず、瞳にうっすらと涙を浮かべた。
「文彦、文彦――」
「あ、あ……」
淳史は言葉を忘れたように、愛しい眼差しで文彦を包み、甘い感覚に溺れていく。文彦は頭を振り、眉をきつく寄せて、絶え絶えに呻いた。
淳史はすくい取ったその指に、手首に何度もくちづけ、ごくゆっくりと穏やかに註挿しつづけた。手を繋ぎ、やさしく文彦の体を覆って、決定的な高みへとは昇らずに、ゆるりと心地よくて甘い快楽の中を蠢いている。
体を揺すぶられるたびに呻き、白い咽喉がのけ反って、文彦は手を握られながら朦朧としている。その瞳は、高まっていく熱の中で、恐れと戸惑いを浮かべて、泣き出した。
「う……っ」
終わらない浮遊感に、痙攣すると涙が転がり落ち、すすり泣きに変わっていく。
「ひ……どい……ひどい……」
すすり泣く懇願に胸をしめつけられて、淳史は必死に指をすくい取り、からませ、ぎゅっと握り締める。
その瞬間に、大きな瞳は見ひらかれ、絶望的に転落していくように、体は文彦の意思と関係なく痙攣した。
「これ、で……!」
文彦は、叫びながら歯を食いしばった。はあはあと息が乱れ、押し殺した息、食いしばって力の入った歯の間から、呻くように叫ぶ。絶望のように、泣き叫んだ。
「これで……感じ、たくない……!」
悲壮なまでに歪まされた文彦の顔。
溺れてしまう直前の、必死な形相で、あらゆる感情がぶつかっている体の内側に、耐え切れずに叫んでいる。
「これで感じたくない……ッ!」
混乱して頭を振り乱し、唇はふるえている。
淳史の体の下で、顔は引き歪み、混乱し、快楽を得ながらも拒絶している。
熱を上げて高まった体は、初めて繋がった箇所からの快感と悦びを得て、しかし、表情は真逆に恐れおののいている。どうしても感じた感覚を受け入れられずに、体の内側から壊れそうに拒んでいる。
「早く終わって……お願いだ……」
しゃくりあげた姿は力を失くし、淳史の体の下で細い肢体は無防備で、淳史の前でひらかれている。
「文彦、愛してるんだ、文彦――」
抱きすくめると、腕はだらりと投げ出されたままで、それでも文彦の肌は熱かった。涙でうるみ、くちびるは赤くひらかれ、後孔は収縮をくり返しながら、淳史を飲み込んでいる。
「イって、淳史――」
火照ったままに涙に鎔けた瞳、濡れた睫毛、薄紅に染まった肌。媚態などないはずなのに、目の前にひらかれる文彦の肌と艶めかしさに負けて、淳史はためらいながらそっと訊いた。
「イって――いいのか? 文彦の中で――」
文彦はただ頷いた。
淳史は包まれる快楽の続く中で、大切そうに文彦の指に腕にキスをした。
ゆっくりと両脚を持ち上げると、折るようにし、その上に覆いかぶさるようにして、淳史は動き始めた。最初はゆるやかだったが、そのうちに余裕を失くして速まっていく。
「うっうっ」
突くたびに漏れる、咽喉の奥のうなるような喘ぎに、文彦は歯をくいしばって手で口を覆った。
抽送しだすと淳史は余裕がなくなり、痺れていくように高まっていく快感にぎゅっと眉をよせる。ただ文彦と奥深くまで繋がっている――そのことが淳史の感覚を研ぎ澄まし、激しい快楽に変えていく。
文彦は、目のふちまでも赤く染めて、洩れ出る喘ぎを押し留めようと歯を食いしばった。両手は淳史の指にからめとられ、手を繋がれながら腰を熱く蠢かされて、足指にはぎゅうっと力が入っていく。
高まった鋭い快感の中で、淳史は何度か突き入れて低く息を洩らした。
「う……ッ」
文彦の体を強く抱きしめて、その中で吐精していく。
すべて射精し終わるまで、そうして文彦をぎゅっと抱きすくめていたが、終わると火照った頬のまま上半身をゆっくりと起こした。
両手で、額に乱れた栗色の髪を撫でて、何度も梳いた。
「愛してる、愛してる……」
低く囁いては、あてどなく落ちていってしまう言葉。
「終……わった……?」
乱れた呼吸で、かすれたちいさな声。瞳は朦朧としていて、体には熱が溜まってどうしようもないのに、文彦は逃げようとしている。薄紅に染まった熱い肌のままで身じろぎし、後退さるように淳史から離れようとした。
淳史は果てた後でも愛しさを失わない眼差しで、注意深く腰を離して、手早くコンドームを外して括った。
逃げるようにひねった腰を両手でつかまえて、淳史は素早く下へと降りていく。
「あ……ッ!」
文彦は驚きに硬直し、体を突っ張った。
その腰を押さえ込んで、淳史は熱い昂ぶりを深く口に含んでいく。
「あ、あ……」
唇はためらいなく何度も上下し、文彦の体はなすすべもなく高みに押し上げられていく。
文彦は逃げ出したいかのように腰をよじったが、淳史の片手が文彦の指をしっかりと握った。それが新たな快楽となって、唇に舌に包まれた昂ぶりが熱を上げていく。
もう何をしても快感にすり替わっていく――
「あぁ……う……っ!」
ぎゅっと目を瞑ると、体中が突っ張り、文彦は淳史のあたたかくやわらかな口腔の中で果てた。
すべて射精し終えたのを飲み込んで、淳史は片手を握りしめたままで起き上がった。
「文彦――」
甘く低い囁きは、視線の定かでない文彦に届いていない。
哀しみに翻弄されて、苦悩に引き裂かれて、それでも絶頂を迎えた文彦の心と体。淳史はただゆっくり文彦の体を抱きすくめた。
「どうしていいのかわからない……前よりもっと……愛しい」
いとしいはかなしい――
淳史の表情はやさしさと慈しみに満ちながらも複雑で、文彦の白い頬に頬をすりつけた。
文彦の体はビクッと痙攣したが、力を失ってぐったりとし、それ以上は動かなった。
しばらくして、文彦はふらりと起き上がった。
乱れた栗色の髪を頬に首筋に垂らして、はだけていたシャツの前をかき合わせて握りしめると、ベッドから降りようとする。
「文彦、大丈夫か?」
慌てて淳史が支えようとしたが、大きな瞳はふらふらとして誰をもとらえず、淳史をも振り切って部屋の外へと出て行く。
誰もいないバスルームまで来て初めて、文彦は足がもつれてよろめいた。ダンと壁に強く手をついて、身を折った。
シャツを肩からすべり落とし、首をひねって後ろを振り返ると、文彦は鏡の中に自分の背面を見つけた。白い背から腰へと伸びていくライン――それから。
唇は半開きになり、瞳は茫洋と霞んでいく。
文彦はしばらくの間、そうして立ち尽くしていた。
「じゃあ」
すべてまとめた荷物を持って、ホテルのバーで会った時と変わらぬスーツで、文彦は一度だけ玄関で振り返った。
「どうもありがとう」
軽い仕草で指を振り、首を少し傾ける。
物憂げな大きな瞳と白い顔は、つるりとしていて、どんな出来事も幻だったのかと錯覚するほどだった。体の動きにも、どんな痕跡も見つけられはしなかった。
「文彦」
「何?」
見上げた顔を、淳史は細めた眼で鋭く見据えた。
「家は――どのあたりなんだ?」
「え? ××駅前の、美容院の横の白いアパートだよ。どうかした?」
「いや……何でも」
「可笑しな人だ」
「そうかもな」
いつかした会話をもう一度くり返して、二人は笑った。
文彦はてのひらの中で、愛車のキーを弄んでいたが、やがて顔を上げた。
「じゃあ」
「ああ」
その言葉だけで、二人は別れた。
廊下でいつまでも立っている淳史の姿を背に、ドアを開けて、文彦は一歩大きく外へと歩き出した。
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