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第十章 オネスティ(music by Atsushi Hagio)6

「淳、淳史……っ」  半ば混乱して文彦が名前を叫ぶと、ようやく身を起こして、熱を帯びた眼差しで問いかけた。 「――挿れてもいい?」  切羽詰まったような高ぶった声に、文彦はかすかに頷いてから言った。 「口でも……する?」 「いや――いい。文彦が感じてるうちに挿れたい」  かすれた声ですべて言い終わる前に、淳史はコンドームを手早くつけた。白い両脚を押し開き、淳史は勃ち上がったままの屹立をゆっくりと当てがった。 「淳史……!」  ほとんど泣きそうな喘ぎに、淳史は両手をすくいとってやさしく握りしめた。 「大丈夫――大丈夫、文彦」  淳史も息を乱しながら、熱っぽく囁く。 「うぅ……っ、あっ!」  文彦は不安の最中に首を振り、溺れるように淳史の手を強く握る。まざまざと押しひらかれていく苦痛はあるはずなのに、下腹からじんわりと甘い熱さが広がり、ないまぜになった感覚に文彦は混乱した。 「だめ、だめ!」  文彦がすべてを受け入れて、腰と腰がぶつかったところで、動きは止まった。 「ふ……っ」  淳史が熱い息を洩らして、しっかりと繋がったまま覆いかぶさり、かすかにふるえる体を抱きしめた。 「気持ちいい……文彦」  中にすべて埋めた状態で動かずに、淳史は白い首筋や耳朶を噛むようにしてくちづける。そのたびに、淳史の下にある体はふるえて、息を乱した。 「淳史……淳史っ」  文彦の腕は、淳史の肩へとぎゅっとすがりついた。 「好きだ……このまま、ずっと入ってたい……」  繋がっている箇所がビクッとふるえ、文彦は泣きそうな声で言った。 「む、むり……あぁっ」  淳史が身を起こしたはずみにわずかに動くと、背中がのけ反って喘いだ。 「こう……? こうしたら――いい?」  腰を押し付けるようにすると、文彦の手が淳史の腕を強くつかんだ。 「だめ、だめ、それ……っ」 「う……っ」  反応する体に耐えかねて、淳史は腰を蠢かせた。 「あ、あっ」  文彦は反射的に逃げようとしたが、甘い疼痛に覆われた体は力が入らなかった。淳史が動くたびに、体が揺れるたびに、それは切ない甘さへと深まって、文彦が未だ知らなかった感覚に陥っていく。 「好……き、好き、淳史……!」  ぎゅっと目をつぶって、助けを乞うように淳史の首筋へとすがりつき、高まった感情のままに瞳からは涙が落ちていく。 「愛してる――文彦……ッ」  快楽に眉をよせ、肌を熱に高まらせながら、淳史は衝動のままにぐいっと脱力した文彦の体を、強い腕で引き起こした。淳史の上へとまたがって、向かい合って座るかたちになって、文彦は痙攣した。 「あ――うぅっ」  がくりと淳史の肩へと倒れて、喘ぐしかなく、文彦は深く受け入れたまま、脚をふるわせた。 「文彦……文彦」  首筋に、耳朶に、淳史のキスが降って、文彦の体を抱きしめている。熱は肌を破って溶け合って、混ざって、さらに高みへと昇っていく。  淳史の両手が、やわらかく文彦の頬を包み、真正面から熱っぽい視線を絡ませる。 「文彦――気持ちいい?」  何の気になしにかけた問いだった。文彦はビクッと身をすくませて、淳史の両眼を見ると、おののいた顔つきで首を横に振った。しかし、その瞬間に瞳のふちから、耳朶、首筋へと鮮やかなほど赤く染まっていく。淳史が堪らずに指先で、反応したままの昂ぶりを弄ると、内奥はぎゅうっと蠢いた。 「ああぁッ」  淳史がわずかに蠢くと、文彦は呻いて、目の前の淳史にすがりついた。 「気持ちいい?」  淳史はもう一度問いかけたが、文彦は淳史の肩に顔を伏せたままで、首を横に振る。しかし、お互いの粘液で濡れた体で、熱く密着した肌で、二人の間には溶けるほどに甘い空気がまとわりついていく。  甘やかさに満ちた流れに淳史も顔を赤らめ、文彦の背をしっかりと抱く。 「文彦の……全部を、食べてしまいたい――」  そう囁きながら、並んだ歯で首をかじり、耳をかじり、指を、手首を、肩をかじっていく。 「だめ……んッ」  甘噛みに文彦はビクッとふるえ、後孔が反応して収縮した。 「文彦が――美味しい……」  白い体をゆっくりと押し倒して、淳史は甘いほどにやさしく、腰を動かし出した。 「ん、んッ」  文彦は歯を食いしばったが、喘ぎは抑えられなかった。淳史の動きは緩急をつけて、文彦の奥をゆるやかにほどいては、快楽を擦っていく。それが続いていたが、淳史は耐えかねたように息を吐いた。 「文彦――イっても、いい?」 「ん……っ、うん、いい――イって……ッ」  淳史は文彦の脚をしっかりと抱え上げると、同時に文彦の昂ぶりへと手を這わせた。だんだんと激しさを増していく抽送に合わせて、文彦の昂ぶりを上下に扱いていく。 「うっ、あぁ、あぁッ」  ラストスパートの激しさの中で、文彦の体がのけ反った。快楽に高まった淳史の顔はすぐ目の前にあって、高揚した快感を分かち合っている。文彦の体中に、抑えようのない愛しさが満ちて、電流のように駆け巡っていく。  その先に何があるのかわからない不安と、ただ投げ出されるほど体に走っていく痺れる快感に、文彦は叫んだ。 「い、いや――だめ! 淳史、だめ……ッ!」  そう叫んだ瞬間に、文彦の体はビクンと跳ねたかと思うと、硬直した。 「ああぁッ」  淳史を受け入れて突かれながら、昂ぶりを激しく擦られて、文彦は白い精液を飛び散らせた。 「あ……文彦――!」  淳史は愛しさと押し上げた快楽のままに腰を動かし、駆け上がるような激しい波に、文彦の上へと突っ伏した。 「あ……ッ、文彦!」 「ひ……うっ」  文彦が呻くと同時に、淳史はその収縮する内奥で擦られて、激しく吐精した。  ただ、はぁはぁと、二人の速い息遣いが大きく響き、絡まりあっては漂っていく。  互いに果てた後に、淳史は真摯な眼差しでくり返し文彦の顔を撫で、髪を撫で、頬にくちづけていく。文彦は快楽の高波から投げ出された衝撃に、瞳を見ひらいて激しく喘いでいた。  トン、トン、とリズムがする。  それは正確で絶間ない。薄暗くやわらかな部屋の光の中で、リズムを取る白い指が躍動する。  ベッドの中の横顔は、慈愛に満ちた面影で、浅い眠りに落ちたいとしい体を抱いて口ずさむ。 「I laid on a dune, I looked at the sky……Sara, Sara,Sweet virgin angel, sweet love of my life……」  淳史はうっすらと眠っていたところから、ようやく目を開けて、文彦の腕の中で肩を抱かれていることに気が付いた。 「ボブ・ディランか」  文彦の指先はやさしく淳史の背中でリズムを取っていたが、目覚めたことに気付くと止まった。  淳史は顔を上げてから、動きを止めた。淳史を抱きしめて、首を傾けて微笑んだ小さな顔が、まるで巡礼者でもあるかのように見えたのだ。 「起こした?」 「うん」  くっくっと咽喉で笑って、文彦は少し上半身を起こした。  淳史はベッドに腹ばいになって、組んだ腕の上に顎を乗せた。 「ちょっと寝てたのか……文彦はそれか――タフだな」  息も絶え絶えになっていたはずなのに、文彦の白い体はつるりとしていて、その顔の上にも何かがあった痕跡はない。淳史は少し残念そうに、恨めしそうに文彦を見つめた。 「痛い」  急に文彦が眉をしかめて、淳史は驚いて起き上がった。 「大丈夫か?」 「痛いよ」 「どこだ?」  淳史が心配そうに確かめるようにてのひらで肌に触れてきて、文彦はくっくっとまた笑った。 「腕に、脚に、肩に――ヘンに力んでたみたい」 「あ……」  痛みの意味がわかって、淳史は先程までの甘い痴態を思い出して、やや顔を赤らめた。 「淳史のせいだよ」 「俺のせい? 全部?」 「そうだよ、全部、淳史のせい」 「贅沢な責任だ」  顔を見合わせると、事後の気怠さと秘密めいた甘美さが流れていく。 「文彦は何ていうか――大したタマだな」  溜め息とも感嘆ともつかない吐息で、淳史は文彦を引き寄せると栗色の髪を指先で梳いていく。 「そう?」  文彦はきらりと瞳を光らせたが、やがて淳史に抱き着くと、満足気な顔で息を吐いた。 「全部が綺麗で美味しい――俺だけの文彦」 「淳史をもっと……好きになった」  お互いに頬に指をすべらせ、額と額をくっつけて、静かに視線を絡ませ合う。吐息はどんな言葉よりも雄弁に想いを乗せて、まだ熱を持つ指先は愛撫の続きに似てやわらかい。  幸福の先にまだある幸福を二人で識って、止めどない想いに溺れて沈んでいく。  朝を待つような、それとも朝が来るのが惜しいような、そんな夜は、あまりにやさしい。  夜は二人だけを隠して深く、深更の中で、文彦は穏やかに微笑んだ。

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