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みつ
マンションの寝室は朝日がよく当たる。だから百晴はあれこれインターネットで植物を買って育てている。手のかかりすぎるものだと手に余してしまうし、手のかからなすぎるものだと世話を焼きすぎてだめにしてしまう始末で、あまり向いているとは言えない。
ただ、最近、水槽を買って、丈夫な水草と丈夫な魚を入れて休日は日がな一日眺めている。調べてみると色々下準備やらなんやらが面倒くさそうだったのに、ほとんど外出しない百晴にはちょうど良かったらしい。魚は同じ種類のやつが五匹。メダカかと思ったがフナの仲間だと教えてもらった。水草は浮いているものと下の砂から生えている双葉が集まったようなもの。
休日、俺も一緒に水槽を眺める。
「これ、増えんの?」
「さあ」
そこまで広い水槽じゃないから、増えたら狭そうだった。
「もし増えたら新しい水槽を買って、幸甫の部屋にも置こう」
「いらねえ……」
そう言いつつ、何となく百晴の寝室に通うことが増えた。魚は順調に生きている。世話ができずにすぐに死なせてしまうかと思っていたのに。植物よりはこっちと相性がいいのかもしれない。
唯一、百晴が枯らしていないのはテーブルヤシくらいだった。テーブルヤシなんて名前だからテーブルで気軽に育てられるくらい小さいままなのかと思っていたら、一メートルくらいに育ってきて、今ではちょっとした木みたいだった。すでに窓辺ではどうしようもなくなり、日が当たるベッドサイドに移動している。
「これ、天井まで伸びたりしないだろうな」
百晴の部屋を掃除しながら問いかける。
ちょうどテーブルヤシの枯れ葉を取り除いていた百晴が小首をかしげた。
「どうだろう。まあ、僕が生きてる間は天井にくっついても世話するのは僕だから」
何でもないことのように死をにおわせるその言い方が嫌だった。
「百晴が死んだら全部捨てるから」
いつもは無視する百晴の含みのある台詞に、当てつけのようにそう言うと「縁起でもないやつ」と苦笑いされた。先にそういう話をしたのは自分の癖に。露骨に、それこそ百晴が気づくように不機嫌な空気を出して黙る。
嫌な感じの気まずさがお互いの間に漂って、百晴はため息と同時に困ったように頬をかいた。
「……変なこと言って悪かった」
俺の方を見る。申し訳なさそうな眉をしていて胸がずきっとうずく。
先に謝られて、別に謝ってほしかったわけじゃないと気づく。
ただ、何となく言いたいことを他のことで隠すような言い回しが嫌だった。多分、死んだ後、俺に面倒をみてほしいんだろう。そうわかるから、余計にそうしたくなかった。
「俺、本当に捨てるから。だから、嫌なら最後まで面倒見ろよ」
「そうだね」
百晴はわかっているのかいないのか、軽く調子のいい返事をする。
全くこの人は、と思いながらふと視線をベッドの方へ向けた。
枕のところにペンとノートが置いてある。
「……日記?」
そんなことしそうにないのにと思いながら、ノートを指さして問いかける。
百晴は「違う違う」と笑った。
「作曲してみたんだよ。神父さんがそういう本を残してくれたから」
「……そうだったか?」
神父の遺品整理はほとんど百晴に任せていたので、全く記憶にない。
百晴は本棚へ行き、一番下の段にある讃美歌集の隣から「初心者の作詞作曲」という本と、そこに挟まるノートを取り出す。
「神父が生前に作った歌だよ。讃美歌のようなものだけど」
「あの人、そんなことしてたのか」
百晴がめくるノートを覗き込むと、確かに短い讃美歌的な詩や、五線譜上に音符が乗せられている。
「あんたも讃美歌みたいなの書いてるのか?」
「まさか」
百晴が少し笑い、肩をすくめる。
「君に言うと怒られそうな歌だよ」
「どういう意味だ、それ」
百晴は持っていた本とノートを本棚に戻し、自分のベッドからノートを持ってきた。
「見てもいいけど、怒らないでほしいな」
「そこまで言われると怒った方がいいような気がしてくるぞ」
冗談ぽく言いながらノートを受け取った。
最初の数ページは斜線が引いてあり、没になっている。他のページにも書きあがったものはないが、歌詞はいくつか形になっているものがあり、歌も二、三個仕上がっていた。
楽譜はそれこそ神父の影響だろう、いつからか読めるようになっていて、百晴がこのノートにしたためた歌が自然と頭の中で流れ出す。
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