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第4話

「1週間ぶりだね。こんなに長く会わなかったの初めてじゃない?」  1週間ぶりに見るレイは妙に艶やかで、本当に彼は自分が知っているレイなのか? とリチャードは落ち着かない気分になる。 「……俺、レイが怒ってるんだと思ってたから」 「え? 何のこと?」  リチャードの言葉に、レイがきょとんとした顔で答える。 「だって1週間ずっと何の連絡もなくて……」 「あれ、言ってなかった? ニューヨーク行ってたんだけど……」 「ニ、ニューヨーク?!」 「そう。向こうのギャラリー仲間に呼ばれて、遊びと仕事を兼ねて行ってたんだ。こっちと向こうじゃ時差が5時間あるから、変な時間に連絡したらリチャードの仕事の邪魔になるだろうと思って、あえてしなかったんだ。それに僕もあっちこっち引っ張り回されて忙しくて、それどころじゃなかったってのもあるんだけど」  けろりとしてレイがそう言うのを、呆然とリチャードは聞く。今までこの1週間、ずっと悩み続けていたのは一体何だったんだ、とショックを受けていた。 「何、変な顔して。リチャードもニューヨーク行きたかった? ねえ、今度長めの休暇取れたら一緒に行こうよ。あっちのギャラリーとか美術館、すごくエキサイティングで面白いんだよ。リチャードと一緒に行けたら楽しいだろうな」  ショックを受けているリチャードを尻目に、楽しそうにレイは語っている。だが、リチャードの反応が今一つなのに気付き、突然会話のトーンを変える。 「ねえ、どうしたの? ……もしかして」 「……もしかして?」  リチャードは今まで楽しそうに話していたレイが、急に眉根を寄せて不審そうな顔になったので不安になる。 「僕がいない間に浮気でもしてた?」 「え? な、何言ってるんだよ。そんな暇ある訳ないだろう? この1週間忙しすぎて署とフラットの往復で終わりだったよ」  それに、とリチャードは言いかけて止める。 ――それに、レイ以外に心を惹かれるような人なんていないよ。  自分の心の中でだけ、そっとそう呟く。  レイは相変わらず不審気にリチャード見ている。 「何か隠し事してるでしょ? そういうのすぐ分かるんだよね」 「隠し事?」  悪い事は何もしていない筈なのに、そう言われて思わずリチャードは焦ってしまう。 「正直に言ってよ、怒らないから」  いや、怒らないって言ってもレイは絶対怒るよね、とリチャードは思ってから、ふと何で自分は何もしていないのに糾弾されなければならないのだ? と気付いた。 「いや、俺怒られるような事は何もしてないし、隠し事もしてないよ?」 「ふうん、そうかな。僕に何か言う事あるんじゃないの?」 「言う事……?」  そこまで言ってから、はた、とリチャードは気付く。 「ああそうだ、今日マンチェスター警察から研修生が来て……」  と、途中まで言って口ごもる。あの研修生、サスキア・ブルック巡査が自分を気に入ってモーションをかけてきたなんて、絶対口が裂けてもレイには言えない。そんなことを口に出そうものなら絶対に「叔父さんに言って研修1日で強制終了して貰う」とか怒って言い出しそうだ。 「ああ、何だ、そんな事か」  レイはどこかホッとした様子でそう言う。 「リチャードってば何か隠し事してるのかと思って心配したよ。研修生が来るのは前から知ってる。だってそれ僕の発案だもん」 「そうなのか?」 「今のところアート関連の犯罪を集中して扱う部署を持ってるのは、英国内でMETだけだろう? 実は他の管区の警察署からも問い合わせが常に来ててね、それなら英国全土で展開出来るようにしたらいいんじゃないの、って叔父さんに言ってたんだ。マンチェスターはMETの次に大きな管轄をカバーしてるから、部署を細かくした方が効率的なんだよ。だからあそこが次の導入地になるのは間違いない。そこから研修生が来るって話はもうすでに叔父さんから聞いて知ってたよ」  レイの叔父はMETのトップ、ロバート・ハーグリーブス警視総監だった。レイはAACU発足の際のアドバイザーであり、現在もコンサルタントとして事件解決のために助力している。 「あの、じゃあ誰が来るかも、もうすでに知ってた?」 「いや、それは聞いてないけど。……何? その人ってば、リチャードの好みのタイプだったりした訳?」 「え? 何で女性だって分かったんだ?」 「ふうん、女の人なんだ。リチャード本当にすぐ引っ掛かるよね。女性だなんて、一言も言ってないんだけど」 「あ……」  レイはじっとリチャードを疑いの目で見つめる。 「リチャードの好きなタイプの女性なの?」 「いや……違う。その逆」 「逆? どういう意味?」 「思い切り苦手なタイプ……なのに彼女、俺を一方的に気に入っちゃったみたいで……」  慌ててそう言い繕ったリチャードを見て、レイは「なあんだ」とつまらなさそうに言う。 「そんなの当然だろ? リチャードみたいにハンサムで格好いい人見たら、大抵の女性はそんな反応するに決まってるよ。却ってならない方がおかしくない?」  レイはそう言い切って、タンブラーグラスのシャンディをぐいっと呷る。 「リチャードってば、本当そういうところ全然自覚ないよね?」 「そ、そうかな」 「そうだよ。あー、もう空になっちゃった。飲み物買ってくるけど、リチャードは同じでいい?」  レイは立ち上がると、幾分ふらついた様子でカウンターへ向かった。 ――レイ、酔ってる?  テーブルの上には空になったタンブラーグラスが3つ。いつものレイならば絶対に酔うような量ではない。  レイは右手に自分のシャンディが入ったタンブラーグラスを、左手にリチャードのビールが入ったパイントグラスを持って戻ってくる。体が斜めになりかかったのを見たリチャードは心配になり、思わず立ち上がってレイの手からグラスを受け取った。 「大丈夫か? 何だか酔ってるみたいだけど……」 「これくらいで酔う訳ないだろ?」 「そう……だよね」 「ちょっと疲れてるだけだよ。今朝ニューヨークから戻ったばっかりだから……」 「今朝?!」 「うん。朝9時半にヒースロー着いて、空港からキャブ使って家に一旦戻って、シャワー浴びた後仮眠してから、知り合いのギャラリーのオープニングに行ってきたんだ。流石に少し疲れたのかも……」 「ここに来る前にパーティーにも行ってきたのか?」 「うん、1時間くらいだけどね。付き合いで、どうしても顔出ししておかないといけなくて」  リチャードはそれを聞いて、ようやく理解した。

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