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第7話

 リチャードの地上階(GF/グランドフロア)のフラットは、この辺りにしては広めの間取りだ。かなり贅沢な作りでもある。彼の給料でこれだけのフラットに住めるのは、住宅難が叫ばれるロンドン内にあって、宝くじに当たるくらい稀なことだった。  入ってすぐ右手にフロントルームと英国では呼ばれる事が多いリヴィングがあり、廊下沿いの隣の部屋はキッチンダイニング、一番奥の突き当たりにはベッドルームとバスルームがある。  リチャードはフロントルームのライトのスイッチを点け、中に入る。レイも後ろについて入ってきた。 「……綺麗に片付いてるね。几帳面なリチャードらしいな」  パブを出てから今までずっと黙っていたレイがようやく口を開いた。 「家には寝に帰ってきてるみたいなものだから、汚す暇もないんだよ」 「本、好きなんだね」  部屋の中を物珍しそうに眺めていたレイが書棚に目を留めると、本の背表紙をじっと眺めてそう言う。 「以前はオフの日は暇でよく読んでたんだ」  リチャードの言葉を聞いて、レイが振り返る。 「今は読む暇、なくなった?」 「今は……レイがいるから」 「……本、読んでる方がいい?」 「いや……本より、レイがいい」  リチャードはそう言うとレイを抱き寄せる。レイは両手をリチャードの背に回した。彼がぎゅっとリチャードのジャケットを強く掴む感触が伝わってきて、リチャードも自然とレイをきつく抱き締める。 「……リチャード、苦しいよ」 「ああ、ごめん」 「……もしかして緊張してる?」 「当たり前だろう? ……レイは緊張しないのか?」 「してない訳ないよ」 「俺、プレッシャーに弱いから……」  思わずリチャードは本心を吐露してしまう。  レイは少し驚いたような顔をして、リチャードをまじまじと見つめる。 「何のプレッシャ-?」 「いや、レイは付き合うのって俺が初めてって言ってただろう? だから、その、初めてだったらがっかりさせたらいけないと思って」 「……僕、初めてじゃないよ?」 「え?」 「付き合うのはリチャードが初めての人だけど……僕、初めてじゃないから……もしかして、がっかりした?」  レイが戸惑ったような表情でそう言う。 「……そ、そうだよな。レイみたいな綺麗な子が初めてな訳ないか。がっかりなんてしないよ。俺が勝手に勘違いしただけだから……」  リチャードは黙って俯いてしまったレイの髪に優しくキスする。 「……リチャードが初めての人だったら、良かったのにね……」  泣いてる? とリチャードは焦る。だが顔を上げたレイは薄く笑みを口の端に浮かべているだけだった。 「レイにとってはそうじゃなくても、俺にとって……その……男性相手って初めての経験だから、やっぱりすごいプレッシャーなんだけど」  リチャードの言葉に、レイはぷっと吹き出す。 「プレッシャーって言葉が世界一似合わない男だよね。リチャードってさ」 「そうかな? 俺いっつもプレッシャー感じてるけど?」 「何に?」 「そりゃ勿論レイに対してに決まってるだろう? 俺は君にとっていい恋人なのかどうなのか、全然分からないからすごく不安なんだけど」  レイはリチャードの頬に手を当てる。 「僕にとってはリチャードが側にいてくれるだけで、それだけで最高の恋人なんだけど」  ああ、もうダメだ、とリチャードは自分の中で何かが弾け飛んだ感覚を覚えていた。 「……ベッドルーム行こう」  リチャードはレイの答えを待たずに彼の手を引いて、ベッドルームへ連れて行く。

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