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12日目・隠していたこと
「ハル、お前 ちょっと太ったか?」
「えっ・・・!?」
僕は思わずお腹を隠す。
そう言われれば前まで余裕があったスラックスが今ではピッタリになってきてベルトをキツく締める必要がなくなってきたけど。
多分、虎牙さんが作ってくれるご飯の影響だと思うけど。
「・・・ちゃんとメシ食うようになったんだな」
少し複雑な顔をする龍星は僕の頬を軽く摘む。
今日の龍星は機嫌は悪くないけど、なんだかそわそわしてるというか、不自然な気がする。
いつもは王様みたいにどっしりと構えてるというか、落ち着いてるのに。
「龍星様、痛いです」
「雑談はここまでにして。本題だが前に話していた『蓮』の誕生日会の日程は聞いたか?」
「はい。1週間後の19時に【ダイヤモンドホテル】でございます。これから龍星様の正装の最終確認を行いましたら本日のスケジュールは全て終了でございます」
「・・・お前はいつになったらそのスーツを新しい物に変えるんだ?」
「え?」
僕はパッと自分の姿を見る。
入学式の時・・・1年前に新調したスーツだから少し古いかもしれないけど、特に汚れている訳でもないし他のスーツも着ているので特別くたびれてもいない。
だけど、ローテーションで着ているからか新しい物を持っていないと見抜かれてしまった。
・・・執事失格だ。
「俺に仕えてるんだ。そんな格好で言い訳ないだろ」
「申し訳ございません。次の休みに新しいものを・・・」
「だからこれから俺のと一緒にお前のを作ってもらうぞ」
そういうとドアが開き、龍星が小さい頃からいつも御贔屓にしている仕立て屋の店長さんと何人かの従業員が入ってきた。
「龍星様、新しく仕立てましたので最終確認をさせて頂きます。香山様、龍星様からの御依頼で新しいスーツを仕立てさせて頂きます」
困惑する僕を無視して手際よく採寸をしていく。
龍星が店長さんにあれこれと僕のスーツにもオーダーをして同時進行で修正もしていく。
従業員にテキパキと指示を出してスムーズに進めていく。
(すごい器用な人だな)
「まあこんなもんだろ」
「・・・え」
僕は鏡の前に引っ張られ、そこに写っている自分に目を丸くする。
素人の自分でも明らかに良い質の生地だとわかる品のあるスーツを纏う自分がいた。
なんか自分までいい身分の人みたいだ。
・・・でも。
「私には勿体無いくらいとても素敵なスーツですが、龍星様のスーツとデザインが似ていないでしょうか?」
というか同じものなんじゃ?
「大丈夫だ。オレのは違うものにした。そのデザインはハルが着た方が合う」
「ですが私はただの執事でございます。
執事の私にこのようなスーツは・・・」
「オレがそれを着ろと命じたんだ。お前はオレの言うこと聞いてればいいんだよ」
龍星はそういうとドスッと赤い革のソファーに座り、タイを緩める。
虎牙さんとまではいかないけど、出会った頃からすっかり大人の男性になった龍星から(これまた僕にはない)色気を感じて複雑になる。
(きっと今回もまた女性達に囲まれるんだろうな・・・)
お世辞だろうが本心だろうが普通綺麗な女性達に囲まれてちやほやされたら嬉しいと思うんだけど、龍星の場合は(外では)顔には出さないものの機嫌が悪くなる。
後々ご機嫌取りをしないといけない身としては素直に成長を喜べないでいる。
仕立て屋の方達は僕達が着ているとこを見て大丈夫だと判断し、一礼して部屋から出ていった。
「・・・龍星様、だらしがないのでちゃんと結んでください」
僕は龍星の前で片膝をつき、タイを結び直す。
・・・うん、これで良し。
「・・・・・・っ」
「龍星様?何かおっしゃいまし・・・」
僕はパッと顔を上げると至近距離に龍星の顔があった。
僕はサッと身を引くが、龍星に腕を掴まれてまた引き戻された。
「ハル」
龍星は僕の肩に顔を埋めて、背中に腕を回す。
昔は何とも思わなかったこの動作に思わず身体が強ばる。
・・・龍星は小さい頃から不安になった時にいつも抱き着いてくる。
小さい頃はまだいいとして、もう高校生なんだからそろそろどうにかしないとマズい気がする。
「ハル、まだ手袋してるのか」
「ええ、仕事中ですので」
「・・・手ぇ、繋いでいいか?」
珍しく弱々しい声の龍星に一瞬、躊躇う。
でも主の望みであればそれに従わないといけない。
「・・・・・・・・・はい」
僕は左側の手袋を外す。
手袋のこもった空気から解放され、外の空気が冷たく感じる。
龍星は壊れ物のようにそっと僕の手に自身のを重ねる。
手袋で温まっているとはいえ元々冷え症の僕の手に、じわじわと指先から熱が伝わりが龍星の体温に近づく。
(思ったより平気で良かった)
珍しく優しい笑顔の龍星は顔を上げて僕と視線を合わせる。
(弱々しかったり、優しかったり・・・龍星、なんかあった?)
「ハルの手、冷たいんだな」
「・・・龍星様は温かいですね」
「アイツはどうだった?」
「瑞希も温かいですよ。瑞希は昔から体温が高いので・・・」
「香山 虎牙」
驚きのあまり息が止まった。
「な、んで、虎牙さんのこと・・・」
「虎牙さんねぇ。アイツ、背も高くてモデルみたいに整っててカッコイイもんな。お前が名前で呼ぶぐらい仲良しだったのか・・・それともお前と同じ苗字だから?」
くつくつと笑う龍星に僕は胃の底がスっと冷える感覚に襲われる。
指先まで、身体全身が心臓になったみたいに大きく脈打つ。
頭の中で警告音がなり始める。
「アイツからも名前で呼ばれてるのか?どんな話をした?お前はアイツにどんな顔で、声で接してる?」
龍星は表情を変えないまま僕の髪を撫でて、その手をゆっくり下に移動させて頬に添えた。
「髪は触られた?こうやって抱きしめられたか?どうやってお前に触れてた?・・・それ以上のことは、した?」
龍星が何を考えているかわからない恐怖に、繋いでいた手を引っ込める。
悲しそうな顔をした龍星はさっきまで繋いでいた手に視線を落として、僕に再び目を向けた。
「・・・申し訳ございません。ずっと黙っていて、騙していて。この非礼は必ずお詫び・・・」
「そんなのはいらないから。答えろよ」
「・・・虎牙さんとは、そんな関係ではございません。虎牙さんは、短い間ですが同居をしているだけでございます」
「同居してるだけ?そんなんじゃない?」
龍星はスっと目を細める。
「幼馴染の俺に触るのも躊躇う潔癖症のお前が知らない赤の他人と急に同居とか無理だろ」
龍星の声のトーンがいきなり低くなる。
と同時にいきなり視界がぐわっと動く。
ドスッと背中に衝撃を感じ、視界の端に見える赤色の革からさっきまで目の前にあったソファーに押し倒された事がわかった。
「ハル」
僕の視界いっぱいに苦しそうな顔をする幼馴染が映る。
「好きだ、ハル」
「わかってます。どれだけ優秀でも龍星様は苦手な人を側に置く方では・・・」
「違うっ」
柔らかくて温かい何かが僕の口を塞ぐ。
幼馴染の顔が、近い。
(今の、何が・・・)
「オレの好きはこういう事したいって思うような『好き』なんだけど」
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