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15日目・執事の過去物語

「・・・どういう事だ」 虎牙さんはその端正な顔を歪める。 「・・・昔、僕が虐められてたのが原因で。 今思うと多分、虐めてきたあの子達も彼女が好きで、なのに一般人の僕がずっと側にいるのが気に入らなかったんだと思う」 僕は彼女のいた日を思い出しながら話す。 「その日も、その子に色々されてたんだ。 でも当時の僕は子供でそうなる原因も分からないし、何も出来てなくて泣いてて・・・。 彼女と龍星はそんな無力な僕を守ってくれた。情けないけど当時はそれが凄く嬉しかった。 1人じゃないって、彼らは僕の味方なんだって。 でも更に面白く思わなかったあの子達はそんな彼女を突き飛ばして・・・」 突き飛ばされた彼女は道路に倒れ込む形になった。 そんな彼女を助けようと慌てて伸ばした手には、確かに柔らかい感触があった。 しかし次の瞬間。 僕達は宙を舞い、そして地面に大きな(あか)い花を咲かせていた。 朦朧とする意識の中、目の前にいた紅に染まった彼女と、同じぐらい紅く濡れた僕は・・・ 「『恐い』『汚い』って、そう思ったんだ・・・」 守ってくれた彼女に、 大好きな彼女に対して、 僕は酷い事を思ってしまった。 僕は自分の腕をぎゅっと包み込む。 「意識が戻った時には病院にいて、僕は看護師さんに聞いて慌てて彼女の元に向かった。 『謝らなきゃ』『大丈夫かな』『どうか無事で』。出来れば笑顔でいて欲しい。 でも、彼女がいたはずの病室には誰もいなくて、ベッドも綺麗に畳まれてた。 病院のどこにも彼女の姿もなかった。 先生に聞いたら、もう彼女はいないって。 ・・・僕だけが、助かってた。」 僕はじわりと熱いものがこみ上げてきて、ぎゅっと目を閉じた。 「ずっと助けてくれてた彼女に最後まで助けられて、何も返せないまま会えなくなって。そんな綺麗で優しい彼女になんて最低な事を。 僕はなんて『汚い』んだって」 その日から、僕は理想の『綺麗』な自分を目指した。 もしも彼女だったらどうするか。 もしも彼女だったらどう言うか。 もしも彼女だったらどう思うか。 もしも彼女だったら・・・ 「理想の、そして彼女に相応しい綺麗な人間になることが、それが僕にとっての贖罪だった」 誰かに何も言われないように勉学に励んだ。 毎日欠かさずトレーニングをして体力をつけた。 容姿も、少しでも良く見えるように見せ方を勉強した。 「・・・晴人」 虎牙さんは僕の手を取る。 「晴人、辛かったね」 僕はパッと顔を上げて彼を見つめる。 「晴人、頑張ったね。彼女の事は・・・俺は何も言えないけど、晴人は誤魔化さず、責任をもって目を逸らさずに向き合った。でもね、晴人が全部背負う必要はないよ。」 彼は僕の頭を優しく撫でる。 「それと、晴人は汚くないよ。そんな状況だったら誰でもそう思うだろうし。晴人は、少し不器用だけど誰よりもまっすぐで『綺麗』な人だよ」 次の瞬間、目から熱い何かが零れた。 一粒、また一粒と零れ、僕の頬を濡らす。 「・・・虎牙さん、僕・・・汚くない?」 「うん、晴人は綺麗だよ。」 「・・・彼女も、今の僕なら、認めてくれるかな?」 「俺が彼女なら勿論認めてるよ」 ぶわっと一気に涙が溢れる。 僕は声を殺して見られないように横を向いた。 虎牙さんはそんな僕の頭を優しく撫でる。 僕が泣いたからといって、 僕がどれだけ頑張ったからといって、 過去は変えられない。 どれだけ嘆いても、 失った者はもう戻ってこない。 そして、穢れた者はずっと穢れたままだ。 でも、そんな僕を『綺麗』と言ってくれた。 僕を認めてくれた。 それだけで、僕の心はぐっと軽くなった。 彼女の家族からしたら、僕は許し難い存在には変わりない。 でも、少しは、自分ぐらいは許してあげてもいいんじゃないか。 彼は僕の頬に手を添えて顔の向きを変え、優しい手つきで目元を拭う。 僕は深呼吸をして、心を落ち着かせる。 みっともない事になった顔を、後で綺麗にしないと。 「・・・虎牙さん。明日 行きたい場所があるんだけど、ついてきてくれる?」 「いいよ。晴人の望みであればどこへでも」 王子様みたいに虎牙さんは片膝をついて、僕に手を差し出す。 僕は様になっている彼に思わず笑い、その手に自分のを重ねた。 カーテンの奥では、分厚い雲間が晴れ月が覗いていた。

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