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16日目・僕のやりたいこと
「晴人、おはよう」
「おはようございます、お兄様」
「おはようございます、虎牙さん。
おはよう、瑞希。今日の仕事の予定は?」
「食べ終わったらすぐに出る予定ですわ」
「わかった。髪は?」
「向こうでセットしてくれますわ」
相変わらず朝に弱い僕はヨタヨタと頼りない足取りでリビングを通り過ぎ、洗面所へ向かう。
そして、顔を洗って眠気を覚ました所で櫛を片手に戻る。
「寝癖ついてるから軽く整えとくよ」
「お兄様、ありがとうございます!私、至極幸せですわ・・・♡」
「・・・瑞希さん、なんだかお嬢様みたいだな」
「瑞希はお嬢様じゃなくて、我が家のお姫様だからね。お姫様は大切にしないとね」
僕は櫛で瑞希の髪を梳かし、寝癖を直しながら状態を確認する。
うん、サラサラで髪もまとまりがある。
「瑞希、終わったよ。後はお願いしてね」
「お兄様、ありがとうございます!」
ちょうど食べ終えた瑞希は『ごちそうさま!』と元気よく挨拶をすると、服装を整えた。
そこで、あれ?と僕を見て首を傾げる。
「・・・お兄様、ちょっと変わりましたか?」
「特に何もしてないけど」
「そうですの?なんというか・・・明るくなったように見えましたわ。お兄様が元気そうでとても嬉しく思いますわ!」
瑞希は満面の笑みを向けて、僕に両腕を広げる。
僕は瑞希に苦笑を向ける。
いつも大切なオーディションや緊張がどうしても解れない時、そして泊まり等の長期ロケの時など、ここぞという時にやるおまじないをご希望らしい。
僕は瑞希を腕の中に抱きしめて、頭をぽんぽんと撫でる。
トクトクと暖かい鼓動が腕の中で伝わってくる。
子供っぽいかもはしれないけど、これで瑞希の不安がなくならなら安いものだ。
ハグはストレスを減少してくれるともいうし。
「瑞希、楽しんでね。行ってらっしゃい」
「行って参ります、お兄様」
瑞希は僕から離れると幸せそうな顔をして、外へ出た。
「・・・いいな。瑞希さんは。あんなに可愛がられて」
「そりゃあ瑞希は僕の妹だし。アイドルだから外では気が抜けないだろうから、せめて家の中ではリラックスしてほしいし」
「晴人、俺には?」
「え?」
虎牙さんは僕の分のご飯をテーブルに並べ、エプロンを脱ぐ。
そして、むすっと少し拗ねた様な顔をする。
「俺も晴人に甘えたい」
男らしい外見とのギャップに僕は思わず笑った。
『なんで笑うんだよ』と言いたげに更に不満そうな顔をする。
「ごめんごめん。なんか可愛いなって思って」
「可愛いのは晴人の方だろ?」
「いやいや、僕に可愛い要素はないから」
僕は虎牙さんの目の前に行き・・・一瞬、躊躇った。
虎牙さんは首を少し傾げ、あっ、と分かったようにその場に跪いた。
「んっ」
虎牙さんは『撫でて』というように微笑む。
僕は恐る恐る虎牙さんの頭に手を置いて、ゆっくりと動かす。
サラサラした髪が心地いい。
ふと初めて虎牙さんにあった日のことを思い出す。
(あの時はまさかこんな風に、人に触れるようになれると思ってなかったな)
虎牙さんも気持ちよさそうに目を細めるのを見て、『虎』っていうより『猫』みたいだと思った。
「ところで、晴人。行きたい場所って一体どこなんだ?」
上目遣いで僕に聞いてくる彼に僕は考える。
「それは・・・色々。今日は僕のやりたいこと全部に付き合ってもらうつもりだから、宜しくね」
僕は虎牙さんの頭から手を離す。
虎牙さんは勿論と頷いた。
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「晴人、本当にやったんだな・・・」
「うん。まあ、遅かれ早かれどの道そうするつもりだったから」
虎牙さんは悲しそうな顔をして、僕の頭に手を添えた。
「晴人の髪・・・短い・・・」
「今までが長すぎただけだから。これが男性の普通の長さだから」
僕は短くなった前髪を弄る。
左右に流していた顎まであった前髪は、横に流してはいるが眉下まで切った。
後ろも肩より少し長い髪をいつも1つにまとめていたので、それもこの際だからバッサリと切ったりもらい全体的にスッキリした。
男性のミディアムぐらいにはなったと思う。
頭が軽くなったし、視界も遮るものがなくなったしから明るくなった気がする。
失恋をしたら髪を切るって聞くけど、『なるほど』と思った。確かにスッキリする。
「次は・・・あ、ここ!ここに行こう!」
僕は辺りで一際背の高いファッションビルを指さす。
「虎牙さん、いつも僕か父さんの服とか着てるじゃん。モデルみたいなのに勿体ないよ」
「え、でも俺は別に・・・」
「いいから!今日は僕に付き合ってくれるんでしょ?僕も新しい服欲しかったから!それに、ほら、今の僕の格好じゃ目立つでしょ」
僕は自分の服を指さす。
第1ボタンまで留めたパリッとしたシャツに、身体のラインにそった細身のグレーのベスト。
黒のスラックスと仕事着とほとんど変わらない服装だ。
「平日の昼間にスーツみたいな服でふらふらしてたら目立つでしょ」
「まあ、それはそうかもしれないけど」
「じゃあ決まり、行こう」
僕はそういうと建物の中に入り、片っ端から服屋さんを見る。
そしてシンプルでキレイめなデザインが多いお店に入り、そこで何コーデかパターンを考えて服を買う。
そして虎牙さんにベージュのロングカーディガンに黒のVネックのシャツ、細身のデニムを着させる。
「虎牙さん、モデルみたい」
「晴人のセンスがいいおかげだよ。晴人は・・・やっぱりキレイめなんだな」
「・・・本当はもっと違うのがよかったけど、見慣れなかったから結局似た感じのを買っちゃうんだよね」
ネイビーのテーラードジャケットに白のロングカットソー、ストレッチ素材が聞いた黒のスキニーを見に纏った僕は苦笑する。
虎牙さんみたいにカッコイイ人だったら僕ももっと色んなのが着れるんだろうけど。
「にしても晴人って結構思い切って買うんだな」
「今までが買わなすぎたんだよ。あ、これ着ていきます」
僕は残りの服をショッパーに入れてもらい、お店を出た。
そして近くのキレイめなレストランに入り、お昼ご飯を食べる。
食べる時に、このグラスは本当に綺麗なのか。
注がれた飲み物は?他のカトラリーは?
調理法はどうやって・・・
と手をつけるのを躊躇ってしまったが、虎牙さんが先に食べて大丈夫なのを見て、そして恐る恐るでは食べることが出来た。
俺が作ったご飯は普通に食べれてるのにな。と虎牙さんはなぜか少し嬉しそうにする。
・・・普通に食べれるようになるのは少し時間がかかるかもしれない。
「晴人、これからどうする?」
「あともう1つ行きたいところがあるからそこに行きたい。でも虎牙さんのやりたいことがあるからそっちが先でもいいよ」
「俺の、やりたいこと・・・」
虎牙さんはニコッと微笑む。
「俺は晴人と一緒にいれたらそれで十分だから、気を使ってくれてありがとう」
「・・・虎牙さんって本当によく出来てるよね」
僕は感心する。
僕だったらこれだけ連れ回されたら絶対どこか連れてくのに。と思って、あっ、となる。
(そっか、虎牙さん、アンドロイドだった)
すっかり忘れてしまっていた事を思い出す。
「まあね。じゃあ、これ飲み終わったら晴人の行きたいとこ行こっか」
僕は頷いて、少しぬるくなった紅茶に口つけた。
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