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17日目・幻想と黄昏時
買い物は全て家に送り、身軽になった僕達はバスに揺られ目的地に向かう。
そして最寄り駅から黙々と歩いて向かう。
空にはすっかり傾いた夕陽が辺りを朱に染めていた。
「虎牙さん、今日はありがとう」
僕は少し坂になった道を上りながら、少し後ろにいる彼に伝える。
「僕、虎牙さんがいなかった無理だったから」
「俺はいいんだけど、大丈夫か?顔色があまり良くないけど」
虎牙さんは僕の額に触れる。
ひんやりと冷たい手のひらが心地いい。
「大丈夫。もし今を逃したら行けないと思うから」
自然に手に力が入る。
そしてそのまま進み続けると開けた場所についた。そこからすぐ側に目的地があり、僕は深呼吸をする。
「久しぶり。ずっと行けなくてごめんね。
ユキちゃん」
僕は手に持っていた花束を置く。
白、赤、ピンクの3色の菊で彩られた11本の菊の花束にした。
(本来であれば、もっと違うものを渡したかったんだけど・・・。)
僕は目を瞑って拝む。
墓石には【白石家先祖代々之墓】と掘られている。
墓石は管理人が定期的に手入れしているのか、綺麗な状態だった。
「ここに晴人の・・・?」
「うん。執事長に聞いて。ずっと行かなきゃって思ってたんだけど、行けなくて」
多分、一人だったらこの先もずっと行けなかったと思う。
僕は目を開けて、微笑んでみせる。
「ユキちゃん。僕だよ、晴人だよ。アハハ、ビックリした?僕、もう高校生になったんだよ。あれから背も伸びたし、痩せたし・・・服もこんなだから、わからないかな?」
僕は自分の格好を指さす。
そして、その場に膝をついて目線を合わせる。
「・・・あの日目が覚めて、なんで僕が生き残っちゃったんだろうって思ったよ」
何度も何度も。
何度思っても過去は変わらないのに。
悔やんで、泣いて、叫んで、絶望して・・・。
「だからユキちゃんがもしいたら、相応しい人に・・・ユキちゃんが夢見ていた理想の王子様になれるように頑張ろうって必死に生きてきたんだ。勝手にそんなこと思われて迷惑な話かもしれないけど」
僕は苦笑する。
「でもね努力したけど、なれなかった。頑張っても完璧には無理だった。毎日、怖かった。自分が救われたいだけだって頭では分かってた。でも止められなかった。気がつけば息をするのも苦しくて自分で勝手に理由を作って、それで紛らわして、そんな自分が汚くて嫌だった・・・そんな時ね」
僕は見守るように後ろに立ってくれている彼の手を引っ張って、隣に並ばせる。
「彼に会ったんだ。出会いは・・・正直に言うと不純なものだし、色々あったけど。
そんな彼に会って僕は救われた。彼は綺麗で純粋で。たまにズレてるけど、でも真っ直ぐ僕を見てくれた。まるでユキちゃんみたいだった」
虎牙さんはビックリした顔で僕を見る。
「彼が言ってくれたんだ。『晴人は綺麗だ』って。ただの慰めの言葉かもしれないけど」
例えそれが・・・そう言う様にプログラムされていたとのだと、分かっていても。
心が軽くなったのは事実だ。
「ユキちゃんも昔僕が虐められてた時に言ってくれたよね。『晴人は綺麗な人だよ』って。
それを思い出しちゃった。それでね・・・ちょっと救われた気持ちになったんだ。こんな僕を肯定してくれる人がいるんだって。今までの、ユキちゃんの事も含めて全部【僕】だから。今までの頑張りも無駄じゃなかったのかなって」
ふいに、ぎゅっと僕の右手が温かいものに包まれる。
虎牙さんが優しい笑顔で見つめていた。
彼に。ぎこちないけど、僕も笑顔を返す。
そして、ユキちゃんに向き直る。
「ユキちゃん、僕 これからも頑張るよ。
でも、これからは自分の為に自分のやりたい事もやっていこうと思う」
どうかな?と僕は聞いてみる。
「だからユキちゃん、これからも見守ってて?
これからは僕の為にも頑張って生きていくから」
ふわりと温かい風が後押しするように僕の背中を撫でた。
やっと会えて、言いたいことを全て言えた安堵からかじわりと目頭が熱くなる。
「・・・虎牙さん。帰ろうか」
「・・・もういいのか?」
「うん。長々といてもきっと向こうも疲れちゃうから」
僕は立ち上がってもう一度目を閉じて拝む。
(ユキちゃん、またね)
僕は目を開けて、片付けをしてすぐにその場から離れた。
「虎牙さん、今日はありがとう。
虎牙さんがいてくれて本当に良かったよ。
虎牙さんの事も紹介出来たし」
「こちらこそ、俺でよかったらいつでもどこへでも付き合うから。でも、紹介されるのってちょっと恥ずかしいな」
「ごめん、嫌だった?」
「そんなことないよ。嬉しかった」
「なら良かった」
僕達は上ってきた坂を下り、帰路に着く。
そこで僕は虎牙さんとユキちゃんについて話した。
今まで話した内容は暗いものばかりだったけど、ユキちゃんといた時間は全て楽しくて幸せなものだった。
それを知って欲しくて、聞いて欲しくて、僕はずっと話していた。
虎牙さんはどんな些細な事でも楽しそうに聞いてくれて、ずっと笑顔だった。
「それでね、その時ユキちゃんが・・・」
ふと辺りを見ると、来た時とは違いすっかり朱色と藍色が混じり紫がかった、なんとも言えない空模様になっていた。
(こういうのなんて言うんだっけ。
えっと確か・・・)
もう少しで坂を下りきって霊園を出る所でふいに人影が視界の端で見えた。
僕は虎牙さんから正面に視線を移して・・・止まった。
向こうもゆっくりと顔を上げて、
僕を見て、目を見開いた。
「あっ・・・」
僕は思わず声を漏らす。
彼女も僕に真っ直ぐ目を向けたまま、固まる。
・・・いやいや、そんなはずはない。
だってあの日に・・・ここに、いるはずがない。
これは僕がずっと、ずっとずっと思い過ぎたが故に見ている幻覚じゃないのか。
・・・でも、もしこれが幻でも、夢でもなく、現実だったとしたら?
すっかり大人の女性へと姿が変わっているが、僕はなぜか彼女だと確信出来た。
烏の濡れ羽のような艶やかな黒髪に、
薄暗い中でも分かる白い肌。
昔と変わらない真っ直ぐに射抜くような大きな瞳は僕を捉えて離さない。
「・・・ユキ、ちゃん?」
僕の声に、彼女の瞳が大きく揺れた。
「・・・ハルちゃん?」
懐かしいその声に僕は頷く。
そして、次の瞬間彼女は顔を歪ませて僕に駆け寄り、胸の中に飛び込んできた。
「・・・ハルちゃん!ハルちゃん!!
今までごめんなさい!ずっと会いたかった!」
確かな温もりと感触に、僕の視界が歪む。
(思い出した、【黄昏時】だ。)
僕は涙を流して声を上げる彼女を抱きしめて、確かめるように何度も名前を呼んだ。
そして、もう二度と失わないように僕はぎゅっと腕に力を込めた。
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