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18.5日目・初めての命令(龍星side)

(どうしよう・・・。) オレは両親と一緒に病院内にある会議室を借りて重たい空気の中、じっとしていた。 三角になるように並べたテーブルで、右隣に雪姫の両親。左隣に晴人の両親が並んで座っていた。 雪姫のお母さんが頭をテーブルにくっつくぐらい下げる。 「香山さん。十文字さん。この度は娘を助けてくださりありがとうございました。あなた達の息子さんがいらっしゃらなかったら娘はどうなっていたことか・・・」 「そんなこと・・・こちらこそ、申し訳ございません。ウチの息子を助けて下さり感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございます。 龍星様も、晴人を助けてくださりありがとうございます」 晴人のお父さんがオレにも礼をする。 「大切なお嬢様に怪我をさせてしまって・・・記憶まで無くしてしまって、どうお詫びすればいいか・・・」 普段、笑顔で元気な晴人のお母さんが申し訳なさそうに弱々しい表情を浮かべる。 「晴人君、早く起きればいいんですけど・・・」 しんと再び、部屋に沈黙が訪れる。 「・・・・・・あの、大変申し上げにくいのですが」 ずっと黙っていた雪姫のお父さんが静かに話す。 「お世話になった十文字さんと香山さんにこのタイミングでお伝えするのは非常に申し訳ないのですが・・・実は私達、転勤が決まって近々引っ越すことになっているんです」 雪姫のお父さんの声がやたら大きく聞こえる。 (・・・引越し?) 「そうでしたか・・・寂しくなりますね」 母様が視線を手元に落とす。 「はい。そこで、ご無礼を承知で1つお願いがあるんです。・・・雪姫に、事故の事は黙っていてもらえませんか?」 「え、何で!?」 オレは思わず声を上げる。 ハルが命懸けで守ったのに。 それを忘れたままにするのか? 「ごめんね、龍星君。あれから雪姫と沢山お話をしてわかったんだけど・・・雪姫の記憶、幼稚園の時までしかなかったの」 「・・・幼稚園?」 つまり、ハルと出会う前までの記憶しかないってこと? オレは『えっ』と声を漏らす。 ハルが助けた事も、出会ったことも、あの約束も全て無かったことになってるのか。 「勿論、ずっと伝えないつもりじゃないんです。ただ、今のあの子は記憶が無くなって混乱してるから落ち着いてから話したいんです。 ・・・どうか、身勝手なお願いをお許しください」 晴人の父さんと母さんはお互いに顔を向けて、すぐにいつもの優しそうな笑顔を雪姫の両親に向けた。 「顔を上げてください、白石さん。こちらは大丈夫です。今は白石さん達も大変な時期ですし、雪姫さんの事を第一に考えて上げてください」 「晴人の事なら大丈夫です。あの子は強い子ですから、きっと明日にでもケロッと目を覚ますんじゃないかしら」 雪姫の両親はまた頭を低くして、お礼を言った。 そしてそれから1ヶ月後、雪姫は退院して家族と共に引っ越していった。 その日も晴人は目を開けることなく、ベッドの上で横になっていた。 1ヶ月もすると小さい怪我は治っていて、包帯だらけだったのもだいぶ取れていた。 ただ、まだ手足はがっちり固定されているし、あちこちからチューブが繋がっていて痛々しいのには変わりないけど・・・。 『引っ越す前に挨拶を』と晴人の両親にお願いをして、全員で晴人の病室へ行った。 「晴人君、こんにちは」 雪姫のお母さんが晴人に声をかける。 「晴人君、雪姫を助けてくれて本当にありがとう。・・・今日はね、挨拶にきたの」 「引越しの前にどうしても晴人君に雪姫を合わせたくて。雪姫、この子は晴人君だよ。雪姫の事を助けてくれた人なんだよ。ほら、挨拶して」 事故の後、人が変わったように大人しくなってしまった雪姫は雪姫のお父さんに隠れつつ、小さい声でこんにちは、と挨拶をした。 「雪姫、もっと近くに行きなさい」 雪姫は恐る恐る近づいて、また小さい声で 「雪姫のこと、助けてくれてありがとう」 と言うとすぐにまた隠れてしまった。 「雪姫ちゃん、ありがとう。晴人もきっと雪姫ちゃんに会えて喜んでるわ」 「・・・ありがとうございます。あの後も私達家族を助けてくださって」 「いいのよ、困った時はお互い様よ。じゃあ、皆で外までお見送りしましょう!」 晴人のお母さんはそういうと病室から外まで誘導した。 そして、白石家を見送り、オレはもう一度お願いをして晴人の元へ戻った。 「・・・ハル。」 眠り姫のようにずっと眠っている彼のギブスがついていない方の手を取る。 晴人の手は温かくて、でも前に繋いだ時に比べて細くなっていた。 「お願いだから、どうか目を覚まして。ハル」 これがお伽噺なら、王子様のキスで目を覚ましてくれる。 けど、オレは王子様じゃないし、そんな力はない。 それでも、もし願いが叶うなら。 ハルが目を覚ましてくれるなら・・・。 オレじゃない、誰かの隣でも幸せでいてくれるなら。 「・・・神様・・・」 オレの1番の願いは一生叶わなくていいから。 他には何も望まないから。 どうか、ハルを助けてください。 オレは握った手にそっとキスをした。 「・・・・・・っ」 その時、今まで動かなかったハルの手がピクっと動いた。 「今、動いた?・・・ハル?」 顔を上げると、晴人が重い瞼をゆっくりと開いてぼんやりとした表情でその黒い瞳をオレに向けていた。 「っ、ハル!」 オレは思わずギュッと手を強く握る。 「・・・ぃ、が?・・・こ、は?」 掠れた声で、まだ焦点があっていない目をこちらに向ける。 「病院だよ!お前、事故でずっと寝てたんだよ!でも良かった、晴人が無事で・・・本当に・・・!」 「・・・じ、こ?」 晴人はぼんやりとした表情から徐々に目を見開く。 「・・・ユ・・・っ!」 晴人はベッドから降りようとするが、怪我の痛みに顔を歪ませた。 オレは慌ててナースコールを押す。 そこへ医者達が来て、テキパキ晴人の状態の確認と起きたことを家族に連絡をする。 すぐにオレの家族と一緒に現れた2人は目が覚めたことに涙した。 「・・・ユキちゃん、は?」 「え?」 「ユキちゃん、どこ?」 晴人の両親は一瞬黙り込む。 そして安心させるように「雪姫ちゃんも無事よ」と伝えた。 医者達の確認が終わり、異常がないことを確認すると俺たちは晴人の無事を喜んだ。 「晴人、名前言える?」 「・・・香山、晴人」 「歳は?」 「9歳」 「何年生?」 「小学3年生」 「ここにいる皆の事、わかる?」 「わかる」 ちゃんと全部に答える晴人にオレ達は安心する。 一通り質問が終わると、晴人は水をゆっくり飲んで息を吐いた。 「・・・お母さん、ユキちゃんはどこ?会いたい。早く会いたい。会って謝りたい、言わないと」 「晴人・・・実は雪姫ちゃんは引っ越しちゃったの」 「え・・・」 「今日、晴人が目を覚ます前にここに挨拶に来たのよ」 「そう、なんだ・・・」 晴人は残念そうな顔をする。 「でも、またすぐに会えるよね?だってユキちゃんは親友だし、今度の長いお休みにでも・・・」 晴人は不思議そうな顔をした。 「皆、どうしてそんな顔をするの?ユキちゃん、そんなに遠くに行っちゃったの?」 「・・・晴人、落ち着いて聞いて。 雪姫ちゃんは、記憶が無くなっちゃったの」 「・・・えっ・・・そんなの・・・・・・嘘だっ」 晴人は呆然とした顔でオレを見る。 「・・・龍星、嘘だよね?ユキちゃんの記憶が無くなったなんて、そんな事ないよね?」 「・・・ユキのお母さんが言ってた。 ユキは幼稚園までの記憶しかないって」 「・・・嘘だ、嘘だよ」 晴人の目が動揺でキョロキョロと忙しなく動く。 「そんなこと、だってユキちゃんは悪くないのに。悪いのは僕なのに、なんでユキちゃんがそんな目に?何で僕じゃなかったの?」 晴人が俯いた時、ポタ、ポタとシーツにシミができた。 「そんな、っう、僕が、僕がユキちゃんを、ユキちゃんを────!」 うわぁあああ!!と晴人は声を上げて泣いた。 初めてアイツの泣いたところを見た。 全身の水分が無くなるんじゃないかと思うぐらい、涙を流して、晴人はずっと泣いていた。 そんなアイツに、オレは驚いて戸惑うだけで、何も出来なかった。 そして、結局。その日の面会時間がそこで終わって解散になった。 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ それから何日か「誰にも会いたくない」と面談を断られ、晴人が目を覚まして2週間後。 「ハル、遊びに来た────」 ようやく再会出来たオレは声を上げそうになった。 綺麗なライトブラウンの髪は一点の曇りもない白に。優しい黒い瞳は涙と一緒に色が抜けたようにグレーへと変わっていた。 そしていつも笑顔の彼は、無表情で虚ろな目でどこか遠くをぼんやりと見ていた。 まるで全ての感情が抜けてしまった、人形のようだった。 「・・・なんで、僕が生き残っちゃったんだろう」 オレに気づいていないのか、晴人はそんな事を呟く。 このままだと、今度はハルが消えちゃうんじゃないかとオレは怖くなる。 「・・・ハルっ!」 「・・・龍星、こんにちは」 少しの衝撃で壊れてしまいそうな彼はオレの方に顔を向ける。 (あれから、また痩せた・・・?) オレはそんな晴人の隣に椅子を寄せて座る。 「それ、どうした」 オレは髪と目のこと指摘する。 すると晴人は首を横に振った。 「・・・気がついたら、こうなってた。なんでだろうね」 晴人はスっと窓の先を見つめて、抑揚のない声で答えた。 「なんで神様はユキちゃんを連れて行っちゃったんだろう」 「ハル」 「僕だったら良かったのに・・・」 ハルの呟きに、頭の中でブツンと何かが切れる音がした。 オレは晴人の頬に手を添えて、こっちに顔を向かせた。 まだ痛むのか一瞬だけ顔が歪んだ。 「バカな事言うな!オレはお前がずっと起きなくて毎日毎日不安だった!やっと起きてくれて、無事で嬉しかった!なのに、そんなこと言うな!それこそユキに対しても失礼だろ!」 「・・・でも」 「『でも』じゃねーよ!」 「でも、ユキちゃんを失ってまで、生きたくない・・・こんなの嫌だ」 ハルの目から大粒の涙が零れる。 どうしたらいい? どうしたら・・・ 「・・・じゃあ、オレのために生きろ」 オレはハルの目を真っ直ぐ見詰める。 「そんなに自分の為に生きるのが嫌なら、オレの為に生きろ!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ 「龍星様、大丈夫ですか?」 静かに部屋に入ってきた執事長の椎名は心配そうな顔をする。 オレはふぅ、と息を吐いてすっかり冷めてしまった紅茶を飲む。 アイツが淹れてくれてお茶は冷めても美味しかった。 (アイツ、初めは紅茶も飲めなかったのにな) 「・・・どこから見てた」 「龍星様の一世一代の大告白の部分の少し前からでございます」 「ほぼ全部かよ」 オレはカップを空にして、携帯を弄る。 そして、椎名に向き合う。 「まあいい。話す手間省けた。 椎名、1つ頼みがある」 オレは少し考えて、ハッキリと言葉にした。 「行きたい場所がある。車を出してくれ」

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