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19日目・僕達の関係性

「こちらの手違いでご迷惑をおかけしてしまい大変申し訳ございません!」 「そうですか・・・」 「晴人、どうした?」 少し離れて所で待ってた虎牙さんがいつの間にか隣にいた。 「ダブルの部屋で予約してたんだけど、ちょっと色々あったみたいで・・・」 「そっか。すみません。他に空いてる部屋はありますか?」 「ええっと、少々お待ち下さいませ!」 「ゆっくりで大丈夫なので、お願いします」 虎牙さんの言葉に慌てて裏へ確認しに行くスタッフを横目に、虎牙さんは『災難だったね』と笑う。 「笑い事じゃないよ。もし泊まれなかったらどうするの・・・」 「大丈夫。その時はその時で考えよう? 最悪白石さんのお家に泊めてもらうって手もあるんだし」 落ち着いた態度の虎牙さんに僕も冷静になる。 もしもこれが1人だったらと・・・思うと、誰かがいるだけで心強い。 「香山様、失礼致します」 ホテルの制服をビシッと綺麗に着た、貫禄のある男性スタッフがさっきのスタッフと一緒に現れた。 「この度はこちらの不手際により、ご迷惑をお掛けしてしまい大変申し訳ございません」 「あ、いえ・・・。」 「お部屋についてですが、本来ご予約くださったダブルのお部屋が満室になっておりました。 ですが、もしも香山様さえ良ければご案内して頂きたいお部屋があるのですが・・・」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ 「見て、晴人。夜景が綺麗だね」 口元に綺麗な弧を描く彼に、僕は部屋の隅で落ち着かずそわそわする。 「うん、良かったね・・・」 美形のバッグに綺麗な夜景・・・。 ドラマのワンシーンのような光景を横目に僕はなんかもう感心する。 今まで龍星の付き添いで名高いホテルのグレードのいい部屋に泊まったことはある。 けど、プライベートでこんな部屋に来たことがないから落ち着かない。 あの後、スタッフが丁寧な謝罪と共に代わりにと空いていた部屋へ通してくれた。 けど、その部屋がまさかのスイートルームだった。 (平民にスイートルーム・・・場違い感が酷い!) ちなみに部屋にある飲み物やフルーツは勿論。他にご飯代やホテルの各サービスを今回は全て負担するのでご自由に。とまで言ってくれた。 一気に致せり尽くせりになった。 「・・・じゃあ、僕はソファーで寝るから。虎牙さんはベッド使ってね」 「なんで?ベッド大きいし、一緒に寝れるよ」 「いや、それは無理・・・」 「あと、なんでそんな部屋の隅にいるの? せっかくだからこっちおいで。一緒に見よ?」 虎牙さんはぐいっと僕の肩に腕を回すと、そのまま窓際まで引っ張った。 「うわぁ・・・!」 僕は窓の向こうの景色に改めて目を奪われる。 街の灯りが宝石箱をひっくり返したように夜の街をキラキラと輝かせ、遠くでは月明かりが街明かりとは対照的にぼんやりと静かに照らしていた。 (あ、遠くに海が見える) 「すごい・・・」 「海も見られるなんて贅沢だよね。晴人の所は緑がいっぱいで綺麗だけど、海もいいね」 「あはは、確かにすぐ側に庭園があるから新鮮だよね。・・・こうやって誰かと見れるなんて思ってなかったよ。虎牙さん、本当にありがとう。虎牙さんがいてくれて良かった」 僕はふと視線を上げると、虎牙さんが窓に反射している僕を見ていた。 「・・・虎牙さん?どうしたの?」 「晴人・・・」 虎牙さんは僕の頬に手を添える。 そして何か言いたげに口を開けてたが、すぐに閉じた。 「今日1日大変だったでしょ?お風呂も丁度溜まった頃だと思うから入っておいで?」 「・・・大丈夫?なんかあった?」 「晴人は優しいね。甘えたくなる」 虎牙さんはそのまま顔を近付けて、僕の額に額をコツンと当てる。 鼻先が触れ合うぐらいの近さに、僕の肩が跳ねる。 (虎牙さんの息が、体温が熱い・・・) 僕は思わずギュッと目を瞑る。 すると上からクスクスと笑い声が聞こえた。 「なんてね。ほら、早く入っておいで」 か、からかわれた・・・!? 「本気で心配したのに・・・!」 「ごめんごめん。可愛くてつい」 「っ、もう知らない!先に入ります!」 恥ずかしくなった僕は顔を隠しながら、浴場へ向かった。 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ 「ふぅ・・・虎牙さん、上がったよ」 身体は温まり、さっぱりした僕は持参したシャツと少し大きめのズボンとラフな格好に身を包み、リビングへ戻る。 お風呂に入った事で一時的に黒に染めた髪は元の白に戻っていた。 美容院で染めるのも一緒にした方が良かったかもしれない。 「・・・虎牙さん?」 「ん?ああ、ありがとう。俺も入ってくる。晴人、疲れたでしょ?俺の事は気にせずベッドで寝てていいから」 虎牙さんはさっさとバスルームに向かっていった。 まだ少し湿った髪をタオルで拭きながら、僕はうっすらと窓に映る自分に目を向ける。 子供の時ぶりぐらいの久しぶりの短髪に、まだ違和感を感じる。 ・・・そういえば、いつも『ちゃんと最後まで乾かして』とドライヤー片手に虎牙さんが僕を捕まえてたけど、今日はそんなこと無かった。 (なんか、ホテルについてから様子がおかしい気がするけど、どうしたんだろ) 僕はバッグの中からミネラルウォーターを取って喉を潤し、万が一を考えて持ってきた虎牙さんの説明書を一つ一つに改めて目を通す。 (もしかして、どこか調子悪い?病気・・・はしないのか。システム不良?メンテナンスが必要とか?) 「・・・晴人、まだ起きてたの?」 背後からいきなり呼ばれてビクッと肩が跳ねる。 「あっ、虎牙さん」 「晴人、まだ髪濡れてる。髪が短くなったからすぐ乾くと思ってちゃんと乾かさず出たんだろ?ダメだろ。ほら、おいで。乾かすから」 虎牙さんは僕をソファーに座らせるとすぐにドライヤーを持ってきて乾かし始めた。 優しく髪を触る大きな手が気持ちがいい。 「・・・・・・・・・」 でも、いつもだったら色々話しかけてくれる虎牙さんが黙ったまんまだ。 「虎牙さん、どっか調子悪い?」 「ん?なんで?」 「あんまり喋らないから。疲れた?」 「そんなことないよ。ただ晴人が疲れてるかなって・・・」 「虎牙さんの顔も暗いし」 「そんなことないけど、そんな顔してた?心配かけてごめんね」 「虎牙さん、嘘はつかないで」 僕は顔を上げて、乾かし終わった虎牙さんの手を掴む。 「本当に、何にもない?」 虎牙さんはドライヤーをテーブルの上に置く。 そして、僕の正面で膝をついて繋いでいた手の甲にキスを落とした。 その絵になる王子様のような動作に僕は固まる。 というか、いきなりの事に動揺が隠せない。 「っ・・・虎牙さん!?」 (不快とかはない、けど・・・これは一体・・・!?) 手を引っ込めようとしたけど、優しくもしっかり握られた手は僕の両手を包み込む。 指先から、熱が伝わってくる。 「ごめん、晴人。・・・好き」 ・・・好き、って。 「え・・・っと」 「好き。本当に、好き・・・」 今までで聞いた事ないような甘さを含んだ『好き』を何度も言い、手の平や指先に触れるだけのキスをする彼に僕の思考が停止しかける。 (いやいや、落ち着け。虎牙さんから今までも何度も『好き』って言われてきただろ。 き、キスはなかったけど、落ち着け、僕・・・!) でも、なぜか今までと違って、一言一言が胸につっかえて、虎牙さんの『好き』が溜まっていく。 (し、心臓がもたない・・・!) 「あの、虎牙さ────」 「本当はイヤだった」 俯く彼の声が、少しだけ震えている。 「本当は、白石さんに会うの嫌だった。会って、晴人の初恋がまた始まったらどうしようって。喜ぶべきなのに、嬉しいことなのに、全然喜べなかった・・・」 「・・・怖かった。晴人がどっかに行っちゃうって。晴人は俺の全てだから」 「す、全てって、そんな大袈裟な・・・」 「俺には、晴人しかいないから」 俯いて表情が見えない虎牙さんの言葉に僕は戸惑う。 「でも、俺は晴人のものだけど、晴人は俺のじゃないから。俺には止める権利はないから。 そう思うと、今度は俺は晴人のなんなんだろうって不安になって・・・」 「友達にしては多分近すぎる。かといって親友とは少し違うし。一緒にいるけど家族じゃない・・・それに、晴人と1番なりたい関係にはきっと遠い」 虎牙さんの声が、泣きそうになっていた。 手に込める力が強くなる。 「晴人・・・晴人が欲しい」 「虎牙さん・・・」 僕は動揺する。 欲しいって・・・ 虎牙さんはそこまで言って、顔を上げる。 そして僕の顔を見て『しまった』というように気まづい顔をする。 「ごめん。こんなこと言われても戸惑うよね。困らせるつもりはなかったんだけど・・・さっきのは全部忘れて」 虎牙さんはそういうと、僕の手を名残惜しそうに放した。 包まれていたぬくもりがなくなって、寂しくなる。 (多分、僕が困った顔をしたから。きっと、虎牙さんは優しさでそう言ったんだろうけど・・・) 僕は離れていこうとする虎牙さんの手を掴む。 「晴人、離して」 「ごめん。それは出来ない」 「・・・そんな事されると我慢出来なくなるんだけど」 「虎牙さん、僕は・・・」 「言っとくけど俺の『好き』は恋愛対象としてだから。出来るのなら晴人の事を抱きしめたいし、触りたいし、キスしたい。一番近くにいたい。晴人の全部が欲しい」 でも、優しさに付け入れるようなことはしたくない。冷静になりたいから、一人にしてほしい。 彼は弱々しく笑って、もう一度、僕の手をそっと剥がす。 「ごめんね。晴人には綺麗なとこしか見せたくなかったんだけど」 「虎牙さん、聞いて・・・!」 離れていこうとする彼を引き止める声が震える。 そんな僕に背中を向けていた虎牙さんは、小さく首と視線だけ動かしてこちらを見る。 僕は自分のシャツの裾をぎゅっと掴む。 彼と出会ってから、彼の事を考えなかった日は1日もない。 ずっとずっと、考えてた。 そして、いつからか想っていた。 「行かないで」 「・・・だから、今一緒にいたら」 「その話については、お互いに結論はついてた」 「?」 虎牙さんはこちらを振り向く。 目線が交わって、少し頬に熱が集まるのが分かった。 「ユキちゃんは、僕の大切な人だよ。それはこれからも変わらない。でも、もう彼女と恋愛感情はなくて、彼女も過去の事だって受け入れてる。だから、僕らの初恋は終わったよ」 初恋は、結ばれて。 そして、解けて終わった。 虎牙さんは目線を下に逸らした。 「・・・晴人は、それでよかったの?ずっと好きで人生の半分以上を彼女を想ってたのに?」 「うん。大丈夫。僕も彼女も新しい『大切な人』がいるから」 僕の言葉に虎牙さんは、そっか、と呟く。 「ずっと考えてたんだけど、僕も虎牙さんのこと好きだよ」 「え・・・」 虎牙さんはそのまま固まる。 ・・・も、もしかして、声小さくて聞こえてなかった? 「だ、だから、僕も虎牙さんのこと好・・・っ!」 ぎゅっと虎牙さんに抱きしめられる。 「晴人・・・本当に?嘘じゃない?」 「本当、です・・・」 僕は一気に恥ずかしくなって語尾が小さくなる。 でもそんな僕の声がちゃんと届いたのか虎牙さんはすごく嬉しそうに甘く微笑む。 「嬉しい。両想いだなんて夢みたい・・・」 「虎牙さん、苦しっ・・・」 「ヤダ。離したくない。それにさっき晴人も離そうとしなかったじゃん」 「そ、それはまた別でしょ!?」 虎牙さんと顔を合わせて、お互いクスクスと笑う。 (虎牙さんの腕の中、温かい・・・) 僕も彼の背中に腕を回して、彼の温かさと幸せに浸った。

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