5 / 25

5日目・お揃い

「おかえりなさいませ、ご主人様」 燕尾服に身を包んだ虎牙さんに、恭しくお辞儀をされる。 まさか仕える側の自分がこんな体験をする日が来るとは・・・。 なんて思いつつまるで映画のワンシーンの様な美しさに男の僕も一瞬 うっとりしてしまう。 この礼の美しさは是非 お手本にしたい。 「お誘いありがとう。さっそく来ちゃった」 「ご主人様のお帰りを心からお待ちしておりました。お席にご案内致します」 胸元に手を置いてはにかむ虎牙さんは僕から荷物を預かる。 僕はその時に「失礼」と断りを入れ、虎牙さんの胸元のポケットチーフを取り、『スリー・ピーク』という折り方にして素早く元に戻す。 「少し乱れていたから・・・うん、これで完璧。 虎牙さん、燕尾服似合うね」 「ありがとう、晴人。さすが本物の執事」 僕にしか聞こえないぐらいの声量でお礼を言われる。 「・・・まだ半人前だけどね」 そんな僕は彼に苦笑を向けた。 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ 「バイトをしてみたいんだけど どうかな?」 虎牙さんと暮らし始めて5日目。 虎牙さんとの生活にやっと慣れた僕は、自然に敬語も抜けて挨拶のぎこちなさも消えた。 呼び捨てはもうちょっと時間かかりそうだけど・・・。 最初は見ていて危なっかしかった家事も今では様になっているし、厚意に甘えてほとんど任せてしまっている。 そんな虎牙さんは「どうせ飲むなら美味しい方がいい」と今は紅茶の淹れ方を勉強している。 記憶力がいいからきっとすぐにマスターするんだろうな。って教える身としては嬉しいけど、苦労した身としては少し複雑に思う。 「なんで?もしかして生活費足りない? それとも欲しいものあるとか?」 「うん、そんなとこ」 「何が欲しいの?」 「自分で手に入れないと意味が無いもの。 だからバイトがしたい」 自分で手に入れないと意味が無いもの? 虎牙さんの説明書には欲が強いとか特に何も記載されてなかったけど、もしかして何か趣味でも出来たのかな? 「今はまだ言えないけど。 時が来たら絶対 晴人に言うから。約束する」 「わかった。でもバイトって出来るの?」 「うん、実は・・・」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ (でも他社の協力をあんなに得てるとは思わなかった) 将来 恋愛用以外に医療や介護等にも使えるようにと考えているみたいで病院等の医療機関や、普通の人と同じようにと違和感がないかの確認で大手チェーン店のファミレスやデパート。 他にホテルや運送会社、接客業から事務まで会社も業種も種類豊富に取り揃えてあった。 「でもなんで執事喫茶?」 辺りが女性のお客さんばかりの中、 浮いてしまっている僕は小声で聞く。 虎牙さんならモデルとか(試運転期間中だから世間への露出は控えた方がいいんだろうけど)でもこなせそうなのに。 「晴人が普段どんな事をしているか興味があったから。少しでも同じ事をしてみたくて」 「そうなんだ」 そういえば2日目ぐらいにクローゼットにあるスーツを見られた時に見習いで執事をしているって言ったっけ。 「ご注文が決まった頃にまたお伺い致します。何かありましたらテーブルの上に置いてありますこちらのベルで遠慮なくお呼びください。それまでどうぞごゆっくりお寛ぎくださいませ」 虎牙さんはまた礼をすると仕事に戻っていった。 (にしてもカッコイイ人は何をしても絵になるな) 僕はメニューからチラッと目で虎牙さんを追う。 テーブルの食器を片付けるところ。 お客さんと談笑しているところ。 料理を運ぶところ・・・。 初めてまだ間もないのに手際が良い。 (虎牙さんに心配は無用だったな) 僕はメニュー表に視線を戻す。 ざっと50種類はある紅茶と10種類のケーキの中からどれを選ぶか悩んでしまう。 あ、白雪姫のレアチーズケーキとか美味しそう。 「ご主人様、お決まりでしょうか」 ようやく決まったところでタイミング良く虎牙さんが戻ってきた。 「ケーキセットで虎牙さんオススメの紅茶と白雪姫のレアチーズケーキを」 「かしこまりました」 虎牙さんは笑顔でオーダーを聞くと、恐らく厨房があるであろう方に向かっていった。 僕は紅茶達が来るまで持ってきた本を読む。 母の書いた最新作で全部英文で読むのに時間がかかるし日本語版と表現が少し違うけど、これはこれで面白い。 「あの執事、やっぱ超かっこいい!」 「イケメンで背が高いし、小顔で声低くてかっこいいし、色気もあるし。何より笑顔が素敵だし!」 「やっぱり彼女いるのかな?」 「いるでしょー!だってあの男の人でさえも香山さん狙いで来たっぽいし!」 『香山さん』と聞こえて一瞬、ドキッとする。が、虎牙さんが履歴書に『香山 虎牙』と書いた事を思い出してすぐ冷静になる。 (・・・でも、やっぱり、モテるんだ。あれだけかっこよくてモテない方がおかしいけど) きっと僕が女性だったら彼女達同様 黄色い声を上げていると思う。 「お待たせ致しました。 紅茶とタルトタタンでございます」 顔を上げると虎牙さんが紅茶を注いでいた。 琥珀色の液体からマスカットの様な甘い香りが僕の元まで届く。 「ダージリンで・・・セカンドフラッシュ?」 「はい、さすがご主人様。摘んだ時期まで当てられてしまうとは」 虎牙さんは笑みを深くする。 ・・・仕えられる側もちょっと悪くないかも。 「虎牙さんって紅茶の中ではダージリンが1番好きなの?」 「いえ、そういう訳では」 え?と僕はティーカップと交互に見る。 「好きだから自分のオススメにしたんじゃないの?」 「晴人がダージリンを1番よく飲んでいたからそれにしただけ」 好みを把握されていて少し恥ずかしい。 僕は紅茶を早速飲む。 「・・・美味しい」 「お褒めいただき光栄です」 「日に日に淹れるの上手くなってるよね」 「ご主人様程ではありませんが。 これからも精進致します」 お互い目が合い、クスッと笑う。 ゆったりと落ち着く時間を楽しんでいると携帯がぶるっと震えた。 ディスプレイには龍星の名前が表示されていた。 席を立ち、手洗場に向かう。 「はい、香山です」 「龍星だ。ハル、今どこにいる?」 「今は・・・都内のカフェにおりますが、いかがされましたか?」 「時間が空いたから付き合ってもらおうと思ってたんだが、これから来れるか?」 『来れるか?』なんて聞かれているが、 『お前には「はい」か「YES」の2つしか選択肢ないから』という言葉が隠れているのを僕は知っている。 「どちらに向かえばよろしいでしょうか」 「俺の家」 「かしこまりました。今から30分程でそちらに向かいます。それでは失礼致します」 僕は席に戻り、紅茶とケーキの味を堪能しつつ素早く胃に収める。 「晴人、大丈夫?いつもより食べるの早かったけど」 「大丈夫。でも用事が出来たからもう出ないといけなくて。お会計お願い」 虎牙さんは少し残念そうな顔をして僕に伝票を渡す。 どうやら席での会計らしい。 「・・・もう少し、晴人といたかったな」 名残惜しそうにする虎牙さんに対して、 きっと他のお客さんにも同じ様な事を言ってるんだろうな。と頭では分かっていても頬に熱がじわじわと集まる。 「近い内にまた遊びに来るから。頑張ってね」 「はい。ご主人様のお帰りをいつでもお待ちしております。それでは行ってらっしゃいませ、ご主人様」

ともだちにシェアしよう!