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6日目・主様

「お待たせ致しました、龍星様」 僕は急いで自宅に戻りスーツに着替えるなり、龍星の部屋に向かった。 手ぶらで行くのも悪いと思って、道中にあった評判の良いお店で買ったショートケーキの形が崩れていない事を願う。 さっそくケーキを冷蔵庫に入れて 紅茶を淹れる為にカップとポットを温め、お湯を沸かす。 「おい、ハル」 「何でしょうか?」 「なんでスーツを着てる?今日は休みだろ?」 お前、もしかして私服ないのか? とキョトンとして顔で聞かれる。 ・・・本気で言っているのだろうか。 一体どんな生活を送っていると思われているのか不安になる。 「私服はご無礼かと思い、着替えてまいりました」 ポットに茶葉入れて沸いたお湯を注ぐ。 ゆっくりと花開くように紅茶が香る。 「仕事じゃなくて、幼馴染みとしてお前を呼んだから私服で良かったんだが」 「そうでしたか。私服に着替え直した方が宜しいですか?」 「あー・・・いや、いい。時間が勿体無い。 それと敬語はやめろ」 「・・・珍しいね、何かあった?」 龍星が休みにわざわざ僕を呼び出すだなんて。 もしかして学校で何かあったのだろうか。 僕は彼の前に紅茶とケーキを置いて、正面の席に座る。 龍星は淹れたての紅茶を少し飲むと組んだ脚を正した。 「何かないとお前を呼んだらいけないのか?」 「そう言う訳じゃないけど。呼ぶ時って大体何かあった時だから」 「むやみやたらに声かけるタイプじゃねぇしな」 龍星はティーカップをソーサーの上に戻す。 「お前、最近何か変わったことが無かったか?」 早朝の淡く澄んだ青空の様な碧眼に見つめられる。 瞳にうっすらと僕が映っているのがわかる。 「龍星」 「何だ」 「顔が近い」 「・・・悪かった」 龍星はテーブルに身を乗り出した身体をソファーに預けた。 無意識みたいだったけど、もしかして目が悪くなった? でもこの間の健康診断の結果も、読書中の本の距離とか姿勢も特に変わってなかったと思うんだけど。 「龍星は最近何か変わった事は?」 「オレはいつも通り。強いていえば、そろそろ夏目家がパーティーを開くらしいからその準備の用意をしないといけないぐらいだ」 「夏目様か。確か末っ子にあたるご子息の方がもうすぐ誕生日で確か僕達より1つ上の学年だったよね?」 「ああ、【蓮】の奴、長い付き合いになるけど今だに何考えてるかよくわからないんだよな」 龍星はケーキを口に運ぶ。 「うまいな、これ。・・・で、ハルは?」 「龍星を心配させるような事は何もないよ。 友達はちゃんといるし、家族とも連絡は取っているし。上手くやれてるよ」 そう言えば妹が近々 家に帰るって言ってたけど、虎牙さんの事は何て言おう。 「そうか。恋人は?」 「いないよ。出来る立場でも環境でもないし。 余裕も僕にはないから」 紅茶を口に含むとその柔らかい包まれたようでホッとする。 龍星は僕の隣に移動すると、 覗き込むようにじっと見つめる。 「もし出来る立場で、環境もあって、余裕が出来たら、その時は作るのか?」 「それは・・・その時にならないと分からない。 タイミングもあるし。それでもいつかは結婚すると思うけど」 十文字家の執事をこれからも、自分の子供の代も、その次も受け継いでいくだろうし。 「・・・オレのだよな」 「勿論、1日でも長く龍星の執事でいられたらいいなとは思って「そうじゃない」え?」 僕は真剣な顔の龍星に目を丸くする。 「お前はずっとオレの傍にいろ」 ・・・・・・・・・・・・。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 ・・・もしかして執事として傍にいる時に結構酷い事を言ったから辞めるんじゃないかって不安になってる? 嫌になることはあるけど、龍星の事はよく理解してるし。 結婚したとしても余程の事がない限り辞めるつもりは全くないけど。 「勿論そのつもりだよ。 だって僕は龍星の幼馴染みで執事だから」 「・・・ハル」 手をぎゅっと握られる。 触れているところからじんわりと手の冷たさを感じる。 「何?」 「ハル、一つ言わせてくれ」 龍星は口元に笑みをたたえる。 「なんでオレに『何も無い』って嘘をついた?」 心臓が一瞬止まった。

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