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8日目・お兄様
「おはよう、晴人」
「・・・んぅ」
重たい瞼を開け、上半身を起こしてボーッとする。
男の僕も惚れ惚れする綺麗な顔は目の前まで近付き、額に優しくキスを落とした。
・・・キス?
「虎牙さんっ!!」
「おはよう、目ぇ覚めた?顔洗っておいで」
虎牙さんは僕の頭をぽんぽんと撫でると、リビングへ移動した。
恥ずかしさやらなんやらで熱くなった顔を冷ますため、僕は顔を洗う。
「虎牙さん、そういうのやめてって前に言いましたよね!?」
「ごめん」
朝食をテーブルに運びながら虎牙さんは困ったような顔をした。
「おでこなら大丈夫かなって思って」
「なんでOKだと思ったんですか!?おでこも頬っぺもダメに決まってるじゃないですか!」
「おでこもダメ、頬っぺもダメ・・・そっか」
朝食の準備が整った虎牙さんはエプロンを脱ぐ。
そしてエプロンを椅子にかけると、至近距離まで距離を詰めて僕の頬に手を添える。
「じゃあ・・・唇は?」
虎牙の親指が僕の唇をゆっくりとなぞる。
吸い込まれそうな黒曜石の瞳。
いつまでも聞いていたくなる心地良い低い声。
男らしい大きく角張った手。
じわじわと伝わる熱い指先・・・。
僕が女だったら色気にあてられて流されて頷いてしまいそうだ。
(・・・毎日思うけど、同じ男なのにどうしてこんなにも違うのだろう)
「ダメに決まってます!!」
「晴人、敬語」
「た、虎牙さんのせいじゃないですか!」
「わかった。じゃあ責任取って次に敬語使った時はその唇塞いであげる」
「なっ・・・!」
さっき冷やした顔にまた熱が集中する。
「なーんてな。冗談だよ、食べよ?」
パッと僕から離れてイタズラが成功した子供のように笑う。
(か、からかれた・・・!?)
「虎牙さんの・・・馬鹿っ!!!!」
僕は持っていたタオルを虎牙さんの背中に投げつけた。
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「香山くんってさぁ」
「なんですか、一ノ瀬くん」
「なーんか変わったよな」
じっと穴が開く程見られ、僕は首を傾げる。
「変わった・・・特に何も無いですが」
「でもなんかこの頃血色いいし、生き生きしてるし?もしかして・・・彼女出来た?」
「産まれてから1度もいたことがございません」
「・・・自分が悪かった」
でも、すごい充実そうな顔してるからなんかいい事あったかと思って。と一ノ瀬くんは頬杖をついたまま見つめてくる。
「そういえばさ、昨日のテレビ見たか?」
「いえ、見ておりませんが・・・一ノ瀬くんは何か用があって生徒会室に来たのでは?」
僕は辺りをちらりと見渡す。
副会長として龍星が生徒会に入っている為、学校が終わると僕も生徒会や龍星の手伝いをしている。
といっても龍星は仕事が出来る人だからお茶入れたり書類整理ぐらいしかする事がないけど。
「違うって。オレも香山くんと同じでご主人様の帰り待ちだよ。確かに香山くんはテレビとかあんま見ないイメージだし・・・はいっ」
一ノ瀬さんはスマートフォンの画面をこちらに向ける。
そこには新人アーティスト部門 最優秀賞としてスポットライトと一斉の視線を浴びて、ステージでパフォーマンスをする1人のアイドルの姿があった。
毛先だけカールしたミディアムロングの黒髪に丸くキラキラとした瞳。
健康的な範囲内での白い肌と小柄でスレンダーなスタイルに、白とピンクのお姫様の様な可愛らしいミニドレス。そんな彼女はカメラに向かってウインクを投げる。
僕はそれを見て固まった。
「香山くんはアイドルとか興味無さそうだけど、この子可愛くない?【Mizuki】っていう子なんでけど、最近ドラマとかにも出てるんだよ」
「・・・あ、あぁ、そうなんですね」
「でもプロフィールが誕生日しか載せてないんだよね。って香山くん 大丈夫?」
「大丈夫です。今はこういう方人気なんだなと思って」
僕は あはは、と苦笑いをする。
そこで僕の携帯がポケットで震えた。
「はい、香山でございます」
『もしも~し!良かったぁ!ちゃんと繋がった!』
「・・・え」
ちゃんとディスプレイを見ずに出た僕も悪いけど、思わず驚いて固まる。
電話の向こう側でカツカツと小さな足音と相手の笑い声が聞こえた。
「なんで、電話・・・」
『決まってるじゃん、そんなの』
ガラッと生徒会室のドアが開いた。
「『そっちに向かってるからだよ』」
満面の笑みで電話を切り、心底嬉しそうにして僕の元へ来るなり胸に飛び込んできた。
その笑顔は先程の動画よりも自然で、どこか幼くも見えた。
「会いたかった、お兄様・・・!」
「・・・ハル、これはどういうことだ」
そんな最悪のタイミングの中、僕の主様が戻ってきた。
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