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9日目・アイドル降臨
「ちょっとー!離してっ!はーなーしーて!」
掴まれた手を振りほどこうとじたばたする新人最優秀賞のアイドルに、止めないと掴んでいる腕を折ってしまうのではないかというぐらいの迫力のある顔の主に僕はドン引く。
「あ、あの、龍せ・・・」
「うわぁーん!お兄様、助けてー!」
「うるせぇ、黙れ」
「このままだとセクハラされちゃうよぉー!」
「その貧相な身体のどこにどうしろと?」
「発展途中なのよ、察しろ」
龍星、その発言は非常によろしくない。
本当にセクハラになってしまう。
あと察するのはかなり難しいと思う。
色々と。
龍星は幼馴染でも近づきたくないぐらいの不機嫌オーラを全開に放つ。
「え、Mizuki ?!嘘、本物!?」
そんな修羅場の中、一ノ瀬くんはアイドルの出現にひたすら驚く。
・・・そのアイドルは幼馴染に羽交い締めにされているわけだけど。
「龍星様、相手は芸能人です。身体が資本の方にもしも傷やアザが出来たらお仕事に支障が出てしまいますし、龍星様にとってもメリットがございません。一旦冷静になってくださいませ」
龍星は舌打ちをして、投げ捨てるように離す。
すると同時に、僕の胸に再び飛び込んできた。
「お兄様・・・怖かった・・・」
小さな身体をさらに小さくして、小刻みに震えていた。
(うん、僕も見ていて怖かった)
掴まれているところが薄らと赤くなっているのが痛々しい。
「香山くん、さっきからMizukiに『お兄様』って・・・」
「ああ、それは・・・」
「お兄様のお友達?」
僕から離れると淑女顔負けの綺麗な礼をする。
「初めまして。香山 瑞希 と申します。晴人お兄様がいつもお世話になっております。どうぞ『瑞希』と気軽にお呼びくださいませ」
「一ノ瀬 羽鳥 です。瑞希さん、その、宜しくお願い致します」
うふふと微笑む瑞希は一ノ瀬くんと握手する。
一ノ瀬くんは顔を真っ赤にしてワタワタしながらも嬉しそうな顔になる。
さすがアイドル。笑顔が完璧だ。
「で、なんでお前がここにいるんだ」
「本格的に芸能界の仕事を始めようと思って、それで学校の寮から出てきたのよ。でも事務所の寮が空いてないし・・・かといって一人暮らしも未成年だし危ないなって思って」
だから、お兄様の元へ行ってもいいかしら?
と上目遣いで僕を見てくる。
「えっと、もしかして今日から?」
「うん。ダメ?」
「いや、構わないけど」
虎牙さん、いるんだけど。
どうしよう。
「ダメだ。ホテルを手配してやるから諦めろ」
「はぁあ!?なんで龍星に決められなきゃいけないの!?私はお兄様に聞いているのよ!?」
「晴人はオレの執事で、晴人の家もオレの家の敷地面積にある。それなのにオレの許可なくいけると思うのがおかしい」
「あそこは私の家でもありますぅー!管理してくれているお兄様が拒否するのはわかるけど、龍星に命令される筋合いはありませんーっ!大体あそこは龍星じゃなくて十文字家の敷地でしょ?」
一ノ瀬くんが『あの十文字様を呼び捨てにして言いあうだなんて・・・』とすごく驚く。
ちなみに僕は胃が痛い思いでどうか早く言い合いが終わりますようにとひたすら願う。
「瑞希、止めなさい。歳上の方には敬意を払う様にといつも言っているでしょう?」
「っ・・・申し訳ございません、お兄様。
品性に欠けておりましたわ」
「謝るのは僕ではなく龍星様に」
「もーしわけございませんでしたー」
すごい棒読み。
絶対、申し訳ないって思ってない。
「相変わらず生意気だな」
「龍星こそ、相変わらず偉そうよね」
「瑞希、後でお話があります」
言ったそばからまた言い合いになってるし。
「お兄様、今日のお仕事は何時頃終わりそうですの?」
「いつも通りなら・・・」
「ハル、今日追加でやることあるから帰れないと思え」
「パワハラ・・・!」
「定時でって意味だよ」
「かしこまりました。瑞希、家の鍵は?」
「持っておりますわ。それではお兄様、私はこの後の仕事が終わりましたらすぐに家に向かいますわ」
瑞希はまた礼をすると、生徒会室から出ていった。
少ししてから廊下で悲鳴に似た歓声が聞こえた。
さすが新人最優秀賞受賞者。
「・・・ハァ、やっと静かになったな」
「香山くん、すごいね。瑞希さんと家族だなんて」
「すごいのは瑞希で、瑞希は努力家ですから」
「・・・で、一ノ瀬。お前のご主人様がそろそろ戻ってくるんじゃないか?準備はいいのか?」
一ノ瀬くんは時計を見てハッとする。
「すみません、そろそろですので 失礼致します」
一ノ瀬くんはお辞儀をすると、素早く支度をして生徒会室から出ていった。
「龍星様、追加のご用件とは?」
「ハル・・・」
龍星は真顔で答えた。
「やっぱり今度でいい」
「・・・え」
「聞こえなかったか?」
「いえ、聞こえました」
「俺も仕事が終わったし今日はもう帰るぞ」
「・・・かしこまりました」
僕は素早く片付け自分と龍星の荷物を持つ。
(瑞希が来てすっかり抜けてしまったけど、昨日のこと 謝らないと・・・)
手に力が入り、口の中が乾く。
「あ、あの、龍星様・・・」
「ハル。前に言った『ずっとオレの執事だ』って言ったこと、覚えてるか」
「はい、勿論。覚えております」
「そうか・・・」
龍星はじっと僕を見る。
「今度の夏目家のパーティー、お前を連れていくから準備しとけよ」
「!・・・か、かしこまりました!」
僕は深々と頭を下げると、フッと龍星が笑った気がした。
『許してやる』
素直じゃない龍星は遠回しに僕にそう言う。
僕は軽くなった足で龍星の後ろについた。
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