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「ごめん、響希」  翔宇がバツの悪そうな顔をして、自分の口を手で塞ぐ。 「……いいよキスくらい」  胸の鼓動が半端なくて、キスの理由を訊くどころじゃなかった。 「マジでごめん。忘れて、今の」  焦って手を振りながらベッドを降りた翔宇が、俺に背を向けて煙草を咥えた。  いいのに。  心の中で呟いてから、俺は膝を抱えてその上に顔を伏せた。 「翔宇。こないだのこと、覚えてるか?」 「なに?」 「風呂場でのこと」 「……覚えてるけど」 「あの続き、いつでもいいから。翔宇の都合に合わせる」  煙草の煙が室内に漂っている。不安定な煙の行方に、俺は自身の心を重ね合わせた。  急いでいるんだと自分でも分かった。翔宇の気持ちが少しでも俺に向いているかもしれない今だからこそ、言えた台詞だった。 「ていうか今日でも、今でもいい」 「待機室でヤる訳にはいかねえだろ」  背を向けたまま、翔宇が笑う。 「翔宇は俺とヤりたいんだろ。だから翔宇がしたい時でいい」 「俺は正直、嫌だ」  きっぱりと断られた。 まさか翔宇に拒否されるなんて思ってもなくて、俺は頬を膨らませながら目を細めた。 「……なんでだよ?」 「響希がそういう投げやりな態度でいるうちは、嫌だ」  投げやり……? 「響希が本当に俺に抱かれたいって思った時に言ってほしい。じゃないと、俺だって気持ち入んねえし。気持ちが入らねえとそういうことできねえもん」 「………」  それって、ちゃんと告白しろってことなのか。散々俺に迫ってきてたくせに、今さらそんな回りくどい道を通れと言うのか。 「じゃあ翔宇は、なんで俺にキスした?」  うっ、と翔宇が言葉を詰まらせる。 「気持ち入ってたからか?」 「……た、多少な。だって響希がすげえ可愛いこと言うからさ、なんか嬉しくて」  後ろ姿でも焦っているのが分かる。 なんだかもどかしくて、いっそのこと俺から襲ってしまおうか、なんて考えがふいに浮かんだ。俺は俺で開き直っていたのかもしれない。  ベッドを降り、翔宇の背後にそっと立つ。 「翔宇」 「わっ、びっくりした。なんだよ?」 「煙草、消して」  灰皿を手に取って半ば強制的に煙草を処理させ、それを元に戻してから、俺は翔宇を抱きしめた。 「何……響希、どうしたん」 「俺がヤらしてやるって言ってんだぞ。据え膳は拒否らずにちゃんと食えよ」 「だ、だから拒否ってるとかじゃなくて……。どうしたんだよ響希、なんでそんないきなり……」 「お前が可愛いこと言うからさ」  翔宇の左胸に耳を押しあてると、焦りの鼓動が伝わってきておかしかった。 「早く、翔宇。脱げよ」 「馬鹿、どっちにしろここじゃ無理だって」 「じゃあ店の個室借りる?」 「響希、目が怖いんだけど……。ていうか、金払っても無理だろうが」 「俺が早退して詩音を買えば文句ねえだろ。一万三千円貸してくれ。あ、個室だから一万五千か」 「なんでそんなにサカッてんだよぉ!」  揉み合いながら翔宇をベッドに押し倒す。もう、正直言ってやるなら今しかないと思った。翔宇の言う通りだ。今の俺は、極限までサカッてる。 「で。マウント取ったはいいけど、誰か来たらどうすんの……」  翔宇が呆れ顔で俺を見上げた。 「スタッフが来たらノックされるだろ。パパッとヤればバレねえって」 「……響希はそんなんでいいのかよ。もっとこう、落ち着いた場所で盛り上がるようなムードとか欲しくねえの?」  俺の下で不安そうに顔を歪めている翔宇の耳元に唇を近付け、小さく囁く。 「翔宇の太いヤツで、俺を気持ち良くして欲しいんだ」 「………」 「燃えた?」 「全然燃えない。棒読みじゃん」  少しの間考えてから、俺はもう一度唇を寄せた。 「俺の初めては、翔宇にあげたいから」 「もっとエロく言って」 「翔宇のデザートイーグルを俺ん中でブッ放してくれ」 「……分かりにくい。銃? もっと分かりやすく」 「いちいちうるせえなぁ」 ジーンズの上から翔宇の股間を弄った。散々拒否していた割には、しっかりと反応している。 「揉むな馬鹿っ、ていうか、マジでヤバいって……!」 「翔宇、大好きだよ」 「え……」 「興奮した?」 「……ちょっと」 翔宇が右手の人差し指と親指を近付けて片目を閉じた。そんな仕草にすら欲情してしまう今の俺は、きっと翔宇以上にデレた顔をしてるんだろう。  手の動きはそのままで、上から翔宇の唇を塞いだ。深く差しこんだ俺の舌に、翔宇の舌が絡んでくる。俺が吸ってる煙草と同じ香りがして更に気持ちが高ぶった。 このままずっと、こうしていたい。 「ん、……ん……」 「ん……。響希、キス上手い」 「勃起してんじゃん。これどうすんの、翔宇くん」  かぁっと赤くなった翔宇の頬に何度も口付けながら、ファスナーに手をかける。開いた部分に手を入れ、下着の中から翔宇のそれを強引に引っ張り出した。 「や、やっぱ駄目だ。俺はいいけど、よく考えたら響希は下全部脱がなきゃなんねえんだぞ。絶対バレるって!」  この期に及んでまだ理性を保っているか。  俺は仕方なく「分かったよ」と頷いて、翔宇のそれを指先で撫でた。 「じゃ、取り敢えずコレだけどうにかしてやるか」  身を屈め、ジーンズの隙間から顔を出しているそれの先端に舌先を這わせると、翔宇の腰がビクリと反応した。 「ちょ、響希。余計なことはいいから、さっさと出さして……」  唇を被せて深く咥え込むと、翔宇の片手が俺の頭に乗った。ゆっくりと頭を上下に揺らしながら舌を巻き付かせる。卑猥な音が待機室の中に広がり始めた。 「う、あ……響希、いいっ……」  上目に見ると、翔宇はだらしなく口を開けて目を閉じていた。なんだか嬉しくて、俺はジーンズに顔を押し付けてより奥まで翔宇のそれを咥え込み、音を立てて吸い上げた。 「うおっ、おっ、あっ……響希っ」  俺の唾液も翔宇の我慢汁も一緒に吸い込んでやった。これ以上しゃぶってたら必要以上にスイッチが入り、俺の方が我慢できなくなりそうだったからだ。 「やっば……、響希っ!」 「失礼。詩音くん、流星くん。二人ともいる?」 「えっ……?」 「あ」  俺も翔宇もその体勢のままで固まった。 翔宇の股間に顔を埋めた俺の背後で、待機室のドアが開いている。聞こえた声から察するに、立っているのは奥田さんだ。 「うぁっ……」  次の瞬間、俺の目の前で翔宇が爆発を起こした。思わず背けた俺の顔に白い液体が容赦なく飛び散る。 「クソ……目に入ったんだけど」 「わ、悪い。大丈夫か? 水で洗えよ」  急いでそれをしまいながら翔宇が俺の顔を覗き込む。そんな俺達を茫然と見つめ、奥田さんが言った。 「ごめん、取り込み中だった? ていうか、何やってんの二人とも……」 「あ、えっと、俺が流星に……フェラの手本、……」  翔宇がバレバレの嘘で返すと、奥田さんが目頭を押さえながら俯き、溜息をついた。 「帰ってからやりなよ。仕事前に抜いてどうすんの。それにここは他の子だって使う時あるんだから」 「ご、ごめんなさい……」 「流星くんは早く顔洗ってきな。店長には黙っておくから」  俺は備え付けのトイレの横にある洗面台へ行き、水を出して思い切り顔を擦った。横目で様子を伺うと、翔宇はベッドの上に正座させられて奥田さんに小言を言われていた。 「たまたま見たのが僕だったからいいけど、ボーイの子に見られてたらすぐ噂になるんだからね。もっと行動に気を付けないと……」  俺から仕掛けたのに翔宇が怒られるなんて悪い気もしたが、取り敢えず今は目が痛いから黙っておこう。 「で、俺ら指名?」  翔宇が言うと、奥田さんがてのひらを拳でポンと叩いた。 「そう、なんと二人いっぺんにね」 「二人で?」  俺と翔宇の声が綺麗に重なる。二人同時の指名自体は珍しいことではないが、翔宇と一緒というのは初めてのことだった。 「新規のお客さんで六十分だよ。あの雑誌見て来てくれたんだってさ。一番の個室で待ってるから、早く行ってあげて」 「マジかよ。二人同時に指名なんて、超リッチな奴だなぁ」  勢いを付けてベッドを降りた翔宇がこちらに近付いてきて、タオルで顔を拭く俺の耳元で小さく囁いた。 「響希、この借りは必ず返すからな」 「………」

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