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3.トリック オア トリート

10月31日の早朝。 『ひやっ!? 冷たっ……えぇっ!?』 光はバシャバシャと水の跳ねる音と、鳥の羽ばたきで目を覚ました。 「……優人?」 光はまだ少し眠い目を擦って、鮭になってしまった優人の水槽を見ると―― 「……鳥?」 水槽の縁に、白鳩のような真っ白な鳥が留まって、濡れた羽を休めている。 そしてその鳥は、光の顔を真っ直ぐに見た。 『おはよう、光……起こして悪かったね』 「優人!?」 なんと、今度は鳥になってしまったらしい。 しかも良く見れば、光の前世――バルドルの部屋に、ロキが忍んで来た時に変身していた鳥の姿だ。 「覚えてない方は、私と優人の前世の話『憎らしいほどに、愛惜しい……』で探してくださいね」 『二回目の番宣おめでとう、光』 「徹君には悪いですけどね……」 ――口ではそう言いながら、光の顔には満足そうな笑みが浮かんでいる。 優人の前世――ロキが負けた笑顔だ。 『覚えてない方は――以下略、にしとこう。かわいそうな徹のために』 その徹は、まだ変化に気付かず、世流の部屋でぐっすりと寝こけている。 「それより、早く体を拭かないと、風邪をひいてしまいますよ、優人」 『……そうだね』 急いで脱衣場にタオルを取りに行った光は、フッと首を傾げた。 「タオルの数が減ってる……? 昨日……誰かが使ったんですかね……?」 不思議に思いながらも、光はすぐに部屋へ戻った。 鳥の姿とはいえ、やっと気兼ね無く優人に触れる。 今日は昨日の分も、目一杯甘えさせてあげようと、光は無意識にステップを踏んでいた。   ☆  ★  ☆ それから約一時間後。 徹は少し冷たい床の感触に、夢現の世界をぼんやりと漂っていた。 昨夜は、小さな蛇の世流を潰すといけないからと、徹はベッドの隣に布団を敷いて寝たのだ。 いつの間にか、布団から転がり出てしまったのだろうか? ……いや、世流の部屋にはカーペットが敷いてあり、布団から出てもそれほど冷たくはない。 しかも……綱引きで使う物よりも太い綱が、体に巻き付いているような? 違和感を覚えた徹は、少し身動いで体を横に向け、うっすらと目を開けた。 雪のように真っ白な鱗が連なり、一方は枕の代わりに徹の頭を支えて、もう一方は腹の上を通り足の方へ伸びている。 ――鱗? ハッと覚醒した徹が、自分に巻き付く太い綱の正体に、慌てて目を走らせた。 ア ナ コ ン ダ 「うぎゃあーっ!?」 『うるさい……!』 悲鳴を上げる徹の顔に、太いムチ――もとい、大蛇の尻尾が飛ぶ。 「イッ! ツゥ……」 大蛇の尻尾に顔面をパシンと強(シタタ)か叩かれ、徹は痛みに踞(ウズクマ)った。 大蛇がのっそりと頭を上げて、小さな赤い目を静かに怒らせ、徹に向ける。 『お前は朝っぱらから……何を騒いでいる』 「うぅ……世流……? お前、一晩でそんなにでかくなったのか?」 昨日は、一般的な日本の蛇くらいだったのに…… 『……どうやら、そうらしい』 キョロキョロと首を巡らせた世流は、自分の変化を認識して怒りを鎮めた。 むしろ呆然としている。 徹は改めて世流の姿を眺め、不意に笑いだした。 「昨日のちっこいのも可愛かったけど……やっぱ、俺はでっかい方が好きだな。格好いいぜ、世流?」 『ばっ、バカ……! え、と……ち、ちっこいのは余計だ!』 珍しく照れて動揺する世流に、徹はますます面白くなって笑い、頭のすぐ下を抱き締める。 急に体が変化して、やっぱり不安だったのか、世流の体は少し震えていた。 徹は世流を安心させるように、優しくトントンと背中側を叩く。 『………』 まんざらでもなかったらしく、押し黙った世流は手の代わりに鎌首を下げ、徹の背中を抱き寄せた。 落ち着いたのか、世流の震えが治まっていく。 「……そう言えば、お前、ベッドで寝てたよな? なんで、俺にくっついてたんだ?」 徹が何気なく問い掛けると、世流の胴体がビクッと震えた。 『それは、その……』 言い淀む世流に、徹は首を傾げる。 「……もしかして、寂しかったとか?」 『ちっ、違う……! 俺は、ただ……』 「ただ……?」 何かを恥ずかしがる世流が、徹の背中に顎を擦り付けていた。 ――何か、昨日から世流が可愛い。 徹がこっそりとそう思っていたのは、秘密だ。 『………昨日……寒かったから……その……』 たっぷりと含みを置いて、やっとポツポツ呟き始めた世流の告白に、徹はプッと吹き出した。 「なんだよ、俺は人間カイロか?」 『…………』 また押し黙った世流にクスクス笑い、徹は世流の胴体に股がって、ギュッと抱き直す。 『……徹?』 「暖かいか……? こんだけ大きかったら、今日は一緒に寝ても大丈夫だな」 『……バカ』 少し嬉しそうに呟いた世流の蛇体に絡まり、徹は光が起こしにくるまで、二人の惰眠を貪った。   ☆  ★  ☆ 土曜日の今日は、みんな少しゆっくりとして、徹がリビングに来たのは朝8時になった。 当然、急に体が大きくなって小回りが利かない世流を、担ぎ上げてである。 「おはよう」 『……おはようございます』 大蛇になった世流を見ても、光先生はいつも通りにっこりと微笑む。 「おはようございます。世流君は、体が大きくなったんですね」 「あれ? 肩の鳥、どうしたんですか?」 徹が首を傾げた。 光先生の肩に、見た事の無い鳥が留まっている。 姿は鳩に似ているが、色は真っ白だ。 『やぁ、二人共。おはよう。この様子だと、志郎も体が大きくなっているかも知れないね』 「一応、お肉はまだまだありますけど、もっと用意した方が良いですかね?」 光が鳩もどきと普通に会話している…… まるでコントのようだ。 「じゃなくて! その鳥、優人!?」 『おぉ、バカな徹が、良く気付いたね』 「朝起きたら、この姿になっていたんですよ」 鳩もどき……もとい優人と光が、嬉しそうに顔を擦り合う。 昨日はほとんどお互いに触れなかったから、今日は昨日の分もベタベタする積もりらしい。 「アテられそう……」 『……あの二人の事は、放っておこう』 体が大きくなった世流は、茹で卵では足りず、志郎の分のステーキも食べた。 そう言えば、志郎と剣治が起きて来ない。 「一応、さっき声をかけたんですけど……」 「俺、呼んで来る?」 「その必要はねぇよ」 光と徹が首を傾げていると、リビングの扉が開く。 「ふっあぁ~あ……おはよ……」 「志郎!?」 『おや? 志郎だけは、人間に戻れたんだね』 大あくびをして入って来たのは、なんと人間の姿をした志郎だった。 「ん……? なんだよ親父、今度は鳥か? おっ、世流はでかくなったなぁ」 感心しながら席についた志郎に、光がコーヒーを持って行く。 当然、肩には優人鳥を乗せて。 「元に戻って良かったですね。そう言えば、剣治さんはどうしたんですか?」 コーヒーをすすって一息ついた志郎が、軽く「あぁ」と声を漏らす。 「まだ寝てるよ。――昨日無理させたからな……あっ、そうだ。剣治の分、部屋に持ってって良い?」 「分かりました。何か食べ易い物を作りますね」 光が簡単な朝食を作って志郎に出し、剣治の分のサンドイッチも用意して、席につく。 『それで、志郎……昨日、何があったんだい? お前だけ元に戻った、理由があると思うんだけど?』 光の肩の上から、優人が改めて志郎に問い掛ける。 ――今日はずっと、光の肩から降りない積もりだろうか? 「………たぶん、剣治のお蔭だな」 少し考えた志郎は、珍しく少し照れながら、昨夜の事を話し始めた。 「本当なら無理だって、分かってたんだけどな……剣治に気付かれて、素直に――いや、仕方なくな――剣治に「交尾したい」って、言ったんだ」 「「『交尾!!?』」」 徹と光、そして優人が驚きの声を上げる。 『……まさか、本当にヤったんですか?』 驚きを通り超して呆れかえっていた世流が、おずおずと志郎の顔を覗き込む。 「………ヤった」 志郎は小さな声でボソッと白状したが、みんなにバッチリ聞かれ、驚嘆の四重奏を浴びせられた。 ――剣治がこの場にいなくて、ある意味良かったかも知れない。 「剣治さん、本当にスゲェ……」 『文字通り狼じゃないですか。よく受け入れられましたね?』 恐らく(疲れ果てて)ベッドから動けない剣治を思い、四人は感嘆する。 『愛だねぇ……』 「愛ですねぇ……」 優人と光など、老成してお茶でも飲みそうな様子。 もっとも、鳥姿の優人には飲めないが―― 「優人、はい、あ~ん」 『あ~ん』 光が小さくちぎったパンを肩に運び、優人がパクッと食い付く。 何と無く蚊帳の外になっていた志郎が、ついに「ダァーッ!!」と吠えた。 「仕方ねぇだろ!? 好きなヤツが側にいたら、誰だってヤりたくなるだろうがっ!!」 ガタッと椅子を倒す勢いで立った志郎に、四人は驚きに目を丸くする。 「俺だって無理だと思ってたから、再三剣治に確認したよ! でも剣治が――したいって……言って、くれ、て……その……」 酷く興奮していた志郎は、途中で我に返ったらしく、最後は恥ずかしそうな尻すぼみになってしまった。 その後、誰もしゃべる事ができず、しばしの沈黙が訪れる。 「ぷっ……」 最初に吹き出した徹に釣られ、志郎以外のみんなが吹き出した。 「志郎……お前、いつからそんなかわいい性格になったんだ?」 『兄さんが恥ずかしがる姿……初めて見ました』 「これも、剣治さんのお蔭ですね」 『いやぁ……愛は人を変えると言うけど、本当だねぇ……』 志郎に悪いと思いながら、その珍しい姿にみんな失笑している。 「……もう部屋行く」 居た堪れなくなった志郎が、剣治の分のサンドイッチを持ち、リビングから出て行く。 しかしリビングの扉を閉める前に、もう一度扉の陰から顔を覗かせた。 「……光ちゃん、後で剣治の体調診てくれる?」 「分かりました。後で部屋に行きますね」 黙ったままコクッと頷いた志郎が、今度こそリビングの扉を閉め、二階の自分の部屋に上がって行く。 「あぁ……なんかノロケられた気分……」 『けど、理屈は合っていたね』 まだ苦笑していた徹は、優人の言葉に首を捻る。 「理屈って、何の?」 『元の姿に戻る方法だよ。僕達が動物の姿に変身してしまったのは、神力の影響が強くなったためだからねぇ。有り余るエネルギーを放出してやったから、変身の効力が消えたのかも知れない』 一人(一羽)で納得する優人が、自分の仮説にウンウンと頷く。 「って事は、俺と世流も交尾すれば……」 元に戻ると言う言葉を、徹は呑み込んだ。 口で言うのは簡単だが、実際に『交尾』できるかと問われれば、すぐに肯定できない。 大蛇になった今の世流ならば、できない事もないだろうが――何しろ初めての事なのだ。 緊張しない訳が無い。 それは受け入れる徹もだが、それに挑む世流もまた同じである。 一つ間違えれば、相手を傷付けてしまうかも知れないのだから。 それは、優人達も変わらない。 『……まぁ、いつかは月の魔力も治まるだろうから、それまで待っても良いだろうけどね』 「ですが、優人……いつ、その月の魔力は消えるんですか?」 優人は、答えなかった。   ☆  ★  ☆   一方、志郎が部屋に戻って見ると――剣治がベッド上で、マユになっていた。 「……何やってんだ……? 剣治?」 ついさっきまで眠っていたのに、どうやって端をしまったのか、今は布団に包まり丸くなっている。 中でもぞもぞと動いているから、おそらく起きてはいるだろう。 志郎はニヤリと笑った。 サンドイッチの皿片手に、ベッドに腰掛けた志郎が、覆い被さるように大福の向こうにもう片手をつく。 「これは、うまそうな大福だなぁ……どっから食べてやろうか?」 「……もう、食べなくて良いから」 布団の中で、剣治がボソボソと反論する。 その声がした辺りを、志郎は無造作に捲った。 「わっ……!」 「おはよう、剣治」 一度だけ志郎を見上げた剣治は、またすぐに顔をシーツに埋める。 「どうした? ……俺の、せいか?」 「え……?」 志郎は優しく剣治の頭を撫でた。 「俺のせいで、無理させたからな……。やっぱ、狼と交尾なんて……」 「違うよ、志郎……!」 言葉を遮った剣治が、慌てて上体を上げ、真っ赤な顔で志郎を見詰める。 「志郎としたいって言ったのは、僕の方だよ……嫌なんかじゃない……僕は、ただ……」 「ただ……?」 耳まで赤く染めた剣治は、志郎から顔を背け、またボソボソと呟く。 「ただ、その……昨日、僕……あ、あんな、ふ、ふしだらな事……言っちゃったから……」 つっかえつっかえ、一生懸命に言葉を紡ぐ剣治が、手だけを伸ばして志郎の服の端を掴む。 「……軽蔑……した……? お願い……嫌わ、ないで……」 泣きそうに顔をしかめる剣治を、志郎は優しく抱き締めた。 「嫌う訳ないだろ……バ~カ……」 「しろ……」 剣治の声が、不安と涙に濡れる。 少し体を離した志郎は、すかさず剣治の唇にキスをした。 「ん……」 小さく呻いた剣治の唇を舌先でなぞり、ゆっくりと隙間に侵入させる。 呼吸するように自然と受け入れた剣治は、志郎の舌に自分の舌を預けて、しっとりとキスを味わった。 クチッチュクッと、卑猥に響く水音が、二人きりの部屋に満ちていく。 「あ、ん……はあ……」 すぐに息を乱した剣治が、口の端で喘ぎながら、頑張って志郎の舌に応えようとする。 トロンとして赤くなった目元がかわいい。 志郎はチュッとリップ音を立てて唇を吸い、赤く上気した剣治の頬に、唇でそっと触れた。 小さく「ん……」と身動いだ剣治が、くたぁっと志郎に体を預ける。 「こんなにかわいいお前を、嫌いになんてなれるかよ……それに、昨日のエロいのも、俺は好みだぜ?」 「志郎……」 優しく髪を撫でる志郎に、剣治は嬉しそうにコクリと頷いた。 サンドイッチをベッド端に置き、そっと腕を回した志郎が、布団に隠れていた剣治の素肌を晒し、労るように腰を撫でる。 剣治の身体がピクンと震えた。 「身体……大丈夫か?」 「うん……まだあんまり、動けないけどね」 恥ずかしそうに答えた剣治は、昨日の情事を思い出して反応する前を隠そうと、こっそり布団を前に引き寄せる。 けれど、それを見咎めた志郎が、あっさりと布団を剥ぎ取った。 「あっ……!」 「昨日あんだけヤったのに、元気だなぁ」 喉の奥でクックッと笑った志郎は、ベッドから降りてカーペットに膝をつき、素早く剣治のモノを咥えねぶる。 「ふあぁんっ……だ、ダメェ……しろ……」 喘ぐ剣治の甘い声は、魔法のかかった部屋から、外に漏れる事は無かった。   ☆  ★  ☆   『そう言えば徹、今日も部活だろう? のんびりしていて、良いのか?』 「ん……今日は良いや」 確かに、十時から部活はある。 けれど、世流が大変な事になっているのに、部活などしていられない。 徹はそう思っていたのだが…… 『フン、そうやってサボるから、いつまでも強くなれないんだな』 世流が呆れたようにため息をついた。 「なっ、なんだと……!? 俺はなぁ――」 『どんな言い訳をしても、見苦しいだけだよ、徹。この様子だと、来年の部長は俺で決まりだな?』 世流に涼しい顔で挑発された徹は、カアッと頭に血が上る。 「ウルセェなっ! 世流になんか、絶対に負けねぇよ!」 怒鳴って席を立った徹が、世流の部屋から自分の剣道用具を取って来て、何も言わずに出掛けて行く。 世流はこっそりとため息をついた。 「良いんですか? あんな言い方をして」 『まぁ……ああでも言わなければ、徹は部活に行かなかっただろうけどね』 光と優人が、心配そうに世流を覗き込む。 世流は何も答えないまま、暖かい窓辺に這って行き、とぐろを巻いて踞(ウズクマ)った。   ☆  ★  ☆   部活の間、徹は何度も重いため息を吐いていた。 世流に煽られたのは、よく分かっている。 頭が冷えて少し考えれば、プライドの高い世流が、自分のために部活を休むなど許すハズがない。 しかし、やはり頭の中は世流の事で一杯になり、ストレッチすら身が入らなくなってしまう。 「おい、荒神。ちょっと良いか?」 「あ……はい!」 もうすぐ組稽古を始めると言う時に、徹は部長に呼ばれ、体育館の外に出る。 「神野の風邪は、まだ良くないのか?」 「あぁ、はい……そうみたいです……」 実際には風邪ではないのだが、まさか蛇に変身しているとは言えない。 歯切れの悪い返事をした徹を、部長はジッと見詰め、軽くため息をついた。 「荒神……ぶっちゃけ、お前と世流は付き合ってるんじゃないか?」 核心を突いてきた部長に、徹はドキッとして、一度否定しようとしたが―― 「……はい。俺と世流は付き合っています」 徹は真っ直ぐに部長を見詰めた。 「ですが、恋人だからといって、今まで手を抜いた事はありません。世流は大切な恋人であり、絶対に負けたくないライバルです」 部長はちゃかす事もなく、深く頷いて、にっこりと暖かく笑う。 「なら、神野の事が心配だろ。お前はもう帰れ」 「えっ、ですが……」 戸惑う徹の肩を、部長がポンと優しく叩く。 「練習に身が入らないようでは、怪我するのがオチだろ? その代わり、神野が部活に出れるようになったら、二人共みっちり練習しろよ」 「――はい!」 軽くウインクして見せる部長に、徹はパッと顔を明るくして頷いた。 「あの、一つ聞いて良いですか? 部長は俺達の事……いつから気付いてたんですか……?」 「んー……ある意味、最初からかな?」 「えっ!?」 なんと部長は、徹と世流が入部した頃から、世流の片思いに気付いていたらしい。 「荒神は気付いてなかっただろうが……誰かがお前と話しているだけで、神野はその相手を取り殺すような目で睨んでたぞ?」 「へぇ……」 「最初は気にしてなかったが、お前と話していたヤツを組ませると、神野は容赦しないんだ」 一応、世流は力量があったから、今まで怪我人は出していない。 「だから組み合わせを考えるのは、結構大変だったんだぞ……?」 「……なんか、すみませんでした」 しみじみと言う部長に、徹は本当に申し訳ない気持ちになった。 「春の終わりだったか……荒神が神野を見る目が、いつもと変わっていて『あぁ、こいつら付き合ったんだなぁ』なんて……少しホッとしたよ」 懐かしそうに笑う部長に、徹は感謝の気持ちで満たされ、深々と頭を下げる。 そして部長に送り出された徹は、真っ直ぐ世流の家に走った。 さっき部長から聞いた話を、世流にも聞かせたい。 それ以上に、早く世流に会いたい。 「お邪魔します!」 リビングまで一直線に飛び込んで行った徹を、世流は驚いて見詰めた。 『徹……どうして……? 部活は、どうしたんだ』 「部長が帰れって」 戸惑っている様子の世流にニッと笑い、徹は大蛇の首をギュッと抱き締める。 「お前の体が元に戻ったら、一緒にたくさん練習しよう。――俺だけ先に上達すんのも、悪いしな?」 『……この、大馬鹿者』 そう罵る世流の声は、少し震えていて、今にも泣きそうに思えた。 徹は世流をあやすように、少しひんやりとした鱗を、軽くトントンと叩く。 『………メロドラマの途中で悪いんだけどね?』 横からちゃかすような優人の声に、徹がようやくリビング内を振り返る。 丁度昼飯時だった事もあり、テーブルの上には光の用意した食事が並べられていた。 「昼間っからあっちぃなぁ、お前ら……」 朝の仕返しと言わんばかりにからかう志郎とは逆に、光がにっこりと笑う。 「丁度良かったですね……徹君、お弁当も持たずに出て行ってしまったので。お昼はどうするのかと、気になっていたんですよ」 『食べる前にお腹一杯、という気もするけどねぇ……この二人は』 朝から光の肩の上で、1㎜も動いてない優人には、あまり言われたくない。 志郎の隣で、剣治がクスクスと笑う。 「二人共ごちそうさま」 「あ、剣治さん。もう起きて大丈夫なんですか?」 剣治は少しはにかんで、コックリと頷く。 「まだ少し、身体がダルいけどね……」 「丁度良いや。後でちょっと話があるんですけど……良いですか?」 少し緊張しながら、おずおずと訊ねる徹に、剣治は首を傾げながらも快諾してくれた。 そして徹は、改めて世流と一緒に昼食を取る。   ☆   ★   ☆

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