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嫉妬のその後の別な場所で

〈剣治sid〉 どうしよう…… 後10分で志郎が来ると思うと、胸がドキドキして、駆け出したくなる。 早く早くと、いくら気持ちが急いたところで、時計の針は遅々として進んでくれないのに。 深く深呼吸をした僕は、腕に抱いた紙袋の形を変えないように、グッと二の腕を握った。 シンプルだけど綺麗な紙袋の中には、僕が志郎のために編んだ、初めてのマフラーが入っている。   ☆  ★  ☆ 実は、一ヶ月くらい前に、光さんから電話が入ったのだ。 『徹君が、世流君へのクリスマスプレゼントに、マフラーを編みたいと言うんですよ。それで私も、優人に編むので……良かったら、剣治さんも――』 志郎へのクリスマスプレゼントと聞いて、一も二も無く承諾した。 自分で編んで作れる事も魅力的だし、志郎に使ってもらえたらと思うだけで、胸が暖かくなる。 それに――お父さん(優人)と弟(世流君)が手作りマフラーをもらっているのに、自分だけ買った物なんて、志郎が拗(ス)ねてしまうだろう。 それを見越して電話してくれた光さんに、心から感謝する。 そして連絡を受けたその日の内に、毛糸と編み棒と本を買いに行った。 光さんが一緒に教えると言ってくれたけど、時間を合わせるのが大変そうだし、一から自分の力で作りたかったので遠慮したのだ。 毛糸は、少し毛足の長いシルバーグレー。 編み上がった時、ふわふわのファーのようになると思ったから…… 家に帰ってすぐ、編み物の本と格闘する。 初めてだったから、基本の編み方も何も分からず、何度も編んでほどいてを繰り返す。 途中で絡まってしまい、やり直しもたくさんした。 それでも、志郎がこのマフラーをする姿を想像したら、それだけで顔がにやけてまう。 寝る間を惜しんで編み続け、クリスマスの一週間前にはほとんど編み上がっていたけれど…… 僕は編むのに夢中で、大変な事を忘れていた。 「包み紙どうしよう!」 気付いてすぐ、雑貨屋に駆け込んだ。 色取り取りの包装紙を眺めて、僕は凄く悩む。 最初は包装しようと思っていたけど、志郎はめんどくさがりそうな気がする。 包みを開くのではなく、適当に破かれるのだったら、袋に入れた方が喜ぶのではないか? 幸い、紙袋もそれなりに綺麗な物が揃っていて、見劣りする心配も無い。 そしてクリスマス3日前、やっとマフラーを編み上げた。 毛足が長いお陰で、初めて編んだ物だが、それほど見栄えは悪くない。 『サンキュー、剣治』 早くも志郎が巻いている姿を想像して、僕は締まりのない顔で、ニヘラっと笑ってた。 ――端から見れば、危険人物にしか見えなかったかも知れない。   ☆  ★  ☆ クリスマス当日。 首尾良く志郎と約束できた僕は、逸る心を抑えつつ、待ち合わせ場所に来た。 それなのに…… 家を出る時は本当に気持ちが高揚して、ステップを踏んでいたのに。 どうして、待ち合わせ場所に着いた今は、こんなに不安なんだろう? もし、志郎がもらってくれなかったら? 志郎が気に入らなかったら、どうしよう…… 「きっと、大丈夫……」 プレゼントの袋を抱き締めて、こっそりと呟く。 早く志郎に会いたい。 けど、やっぱり怖い。 喜んでもらえるかな? 使ってくれるかな? 不安と緊張にさいなまれる胸が、激しくドキドキと鳴って苦しい。 剣道の試合の時でさえ、こんなに怖くはないのに。 不安でギュッと目をつぶった、その時―― 「ダ~レだ?」 「うわっ……!」 突然、僕は後ろから目隠しをされ、思わず変な声を上げてしまった。 こんな子供っぽい事をするのは―― 「もう、ビックリしたじゃないか、志郎……」 「クックックッ、正~解。だって剣治、さっきからずっとソワソワしてんだもんよぉ……?」 低く笑いながら手を離した志郎が、改めて僕の顔を覗き込む。 志郎と目を合わせた僕は、プレゼントの袋をグッと抱き締めた。 当然、志郎もその袋に気が付く。 「なんだ? その袋、何が入ってるんだ?」 「あっ、えっとぉ……これは……」 恥ずかしさにカアッと顔を赤くした僕は、言葉が詰まって出てこず、志郎にグイッと袋を差し出した。 「……俺に?」 少し戸惑って首を傾げる志郎に、どんな顔をして良いか分からずに深くうつむいて、わずかにコクコクと頷く。 「今日、クリスマスだから……」 あぁ、蚊の鳴くような声しか出ないなんて、自分でも格好悪い。 こんなはずじゃなかったのに―― ふがいない自分を恨みながら、上目遣いに恐る恐る見上げ、少し呆気にとられてしまった。 「そっか……あんがと」 珍しく少し頬を染めた志郎が、僕とプレゼントをチラチラ見比べている。 必死に自分を抑えていて、少し挙動不審だけれど、凄く嬉しそうだ。 もしかして、志郎が照れている? 「……もらって、良いんだよな?」 「うん……」 頷いたものの、本当に渡して良いのか、不安が強くなってしまった。 手作りのマフラーなんて、女々しいと思われるだろうか? 「ありがと……剣治」 志郎がプレゼントに手を伸ばす。 「……剣治?」 「……何?」 「もらって……良いんだよな?」 「……うん」 どうしよう…… 「……剣治」 「………」 「手ぇ……離してくれないか?」 「………」 どうしよう――プレゼントを渡したいのに、手が離せない。 「どうしたんだよ、剣治……?」 「……引かない?」 「引くって、プレゼントにか?」 怪訝な顔をする志郎に、僕は小さく頷いた。 「……引かない?」 「引かねぇよ。……プレゼント、ちょうだい?」 僕はもう一度、コクンと小さく頷いて、志郎にプレゼントを渡した。 志郎がガサゴソと袋を開ける。 「おっ、柔らけぇ。……ファー?」 「いや……マフラー……編んでみたんだけど……」 やっぱり、気に入らなかったかな? 「編んだ……って事は、手作り!? ヤッベェ~、嬉しい!」 子供のように目をキラキラさせた志郎が、マフラーを引っ張り出し、頬に押し当てて感触を確かめる。 「ありがとうな、剣治……本当に嬉しい……」 「良かった……」 志郎が喜んでくれて、僕も凄く嬉しい。 「志郎……巻いてあげようか?」 「おっ、巻いて巻いて」 嬉しそうに甘えてくる志郎に、僕は思わず笑ってしまった。 本当に志郎は、時々子供っぽくて、なんだか少し可愛い。 受け取ったマフラーをそっと首に巻いてあげると、志郎はもう本当に嬉しそうな顔で笑った。 「エヘヘ~、似合う?」 「うん。凄く良く似合ってるよ」 照れくさそうにはにかむ志郎が、マフラーの端を持ち上げて、フッと顔を曇らせる。 「……志郎?」 「……一つだけ、聞いて良いか?」 少しだけ不安そうな顔をした志郎が、真っ直ぐに僕を見詰めた。 「どうして……この色にしたんだ?」 正直、僕は困惑した。 「……気に、入らなかった?」 「いや……けどこれは、前世の……」 志郎も気付いたらしい。 僕は静かに頷いた。 志郎の耳に顔を寄せて、僕はそっと囁く。 「僕が、世界で一番大好きな狼の色だよ」 プレゼントしたマフラーの色――シルバーグレーは、志郎の前世、フェンリルの毛並みの色だ。 「志郎に似合うと思ったんだけど……嫌だった?」 僕が不安に思って聞くと、志郎は首を振って、そっと僕を抱き締める。 「スゲェ嬉しい……俺も、やっとこの色が好きになれそうだ……」 ずっと前世の事を引き摺ってきた志郎は、魔狼の毛色が嫌いだったらしい。 ――自分が、許せなかったから。 僕は優しく志郎を抱き返した。 「メリークリスマス。愛してるよ、志郎……」 「……俺も、愛してる」 あぁ、人目が無ければ、志郎とキスできるのに。 いや、男同士で抱き合っているのも、少し恥ずかしいが―― 「……志郎。そろそろ、行こう? ――早く志郎と、ゆっくりしたい」 僕が羞恥心を抑えて言うと、志郎は顔を埋めたまま、クスクスと笑った。 「早くしたいのか、ゆっくりしたいのか――どっちなんだ?」 志郎にからかわれ、僕は軽く唇を尖らせる。 「そんなの、決まってるじゃないか――」 僕は志郎の耳元で、誰にも聞こえないように呟く。 ――早く、二人きりになりたい。 ――人目の無い所で、ゆっくりと楽しみたい。 どっちかなんて、決められないよ。 ……END.

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