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今までのことを思い出してしみじみしていると弘子にぬいぐるみで叩かれている久道が助けを求めて情けない声を上げた。
無視し続けるのも後々めんどうになるので弘子を呼んで抱きあげた。
俺は何歳になっても娘が望む限り抱きあげるつもりでいる。
ウエディングドレスを着た娘をお姫様抱っことかしたい。
「ヒロってば、もぅ!! もっと早くたすけてよぉ」
「だまれ、げろうっ」
四歳児に見下される久道。
だが、これはこれで嬉しそうだ。久道はダメなやつだ。
「下郎か。弘子は難しい言葉知ってるな」
「こやつはふとどきものなり」
「久道、なにしたんだ」
「康介くんが寝てたから写真撮ろうと」
「はれんちきわまりない」
子供の考えが突拍子もないのは今に始まったことじゃないのでツッコミはいれない。
康介の写真は破廉恥らしい。
「埃を立てると康介が起きてから咳きこんでつらくなるからぬいぐるみはやめろ。次は自分のこぶしでいけ」
「女の子にこぶしはないでしょ。教育間違ってるよ!! 暴力反対っ」
「張り手か?」
「かかとおとし?」
俺たちの意見に久道は涙目で首を横に振る。
どうせ弘子の手形が背中に出来たらそれはそれで喜んで写真を撮りだす。久道はそういうやつだ。
「ヒロコ姫が乱暴なのはヒロのせいだっ」
「コウちゃんにちょっかいかけようとする人には何してもいいの」
「ほら、こんなこと言ってる!! 育て方間違えてるっ」
弘子は宅配便の人間にも康介が長話をしていると割って入って「やめて」と訴える。
この「やめて」は自分を構ってほしいから他人と話すな、ではなく「ヒロくん以外と話すのやめて」という意味だ。
メチャクチャ俺思いな娘に育ってくれている。
放っておくとそこかしこで男をひっかけてきそうな康介だが娘から度重なる指摘を受けて常識を学びだしている。自重を覚えるのは大切だ。
「コウちゃんはヒロくんの!! だから、勝手したら、めっ」
「ちいさい子に叱られるってカナリいい」
久道が気持ち悪く笑う。
「へんたい、めっせよ」
「久道、さっさとメシを作れ。追い出すぞ」
「されっ」
「飯当番にもっと優しくしてよね。酷い親子だよ、まったくさぁ」
肩を落としながら久道は部屋から出て行った。
久道は職場の同僚からストーカーされたようで俺の家に逃げ込んできた。
仕事を辞めても自宅のマンション周辺にいるので帰れないという。
仕方がないので半年前から俺の家で家事と育児をするのが久道の仕事だ。
意外にも天職なのか俺の子供たちが大人なのか上手くいっている。
家事全般、各種サービスや下鴨の両親たちがやっていてくれた。
一日家にいても康介はジグソーパズルとレゴブロックしか作れない男だ。
家事能力は向上の兆しを見せない。
意欲が低いからだろう。
料理の話をすると康介は自分は離乳食が作れると自信満々に言い放つ。
どんな食材でも味の薄い雑炊もどきを作りだすのは、ある意味才能があるのかもしれない。
康介の離乳食もどきを元にハンバーグを作ったりミネストローネを作ることもあるので下ごしらえだと思えば問題ない。
とはいえそれは二度手間になるので一人暮らし歴の長い久道に料理をさせている。
久道が作るものの味は悪くないはずだが弘子は気にいらないらしい。
ときどき理不尽なネタで久道を攻撃しだす。
おいしいからこそ久道へのあたりがきついのかもしれない。
娘の微妙な気持ちを放置している未熟な父親だとしても俺は康介にとって良い夫だと思う。
家の中で仕事の愚痴は言わないし、育児も家事も積極的というか久道が居ない場合ほぼ俺がしている。俺の手が行き届かなければ業者がやる。
世間知らずで考えなしな康介は俺の頑張りを理解しないが、俺はできることをちゃんとしている。
それなのに、だ。
またしても康介は「離婚しない?」と言いだした。
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