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四十二

「弘文がいないから生徒会も学園もどうでもいいのに」 「それは、その……まあ、がんばったな」 「口先だけならいらない」  甘やかすように「お前は自分が居なくなっても平気なように仕事片付けてた。それはみんな分かってる」と弘文が言った。ほしかった言葉じゃないけれど「康介はえらい」と囁かれると落ち着かない。耳がくすぐったい。 「オレのあとに副会長になったやつ、あの転校生」 「おい、ちょっと待て」  抱きついていたオレをべりっと剥がされた。  弘文がオレの顔を覗き込みながら「マジで言ってんのか」と聞いてくるのでうなずくと初めて見る間抜けな顔をした。  すこししてオレから手を離したかと思ったら頭を抱えて崩れ落ちた。 「バレてると思ってなかったかもしれないかけど、あの転校生が弘文の本命だって知ってるから」 「うるせぇ、ばかっ!!」 「ポッと出に負けたのを認めたくなかったのにまだ弘文の近くをうろちょろして」  ぐぬぬとオレがうめいていると弘文が「バカはバカすぎる」とつぶやいた。  オレの勘違いだとでも言いたいんだろうか。  あの転校生と弘文が何でもないっていうなら弘文はストーカーされている。  弘文が悪くないなら転校生が全部悪い。訴えて勝てる。 「弘文が誘惑に負けて……」 「気持ち悪いこと言うなっ、やめろ! あいつとどうにかなるわけないだろ。一番ありえねえっ」 「口だけなら何とでも言える」  オレの言葉に弘文は溜息を吐いた。 「お前、俺が女と話すの邪魔するだろ」 「……今はしてない」 「お前がしない代わりに娘がするだろ」 「……させないようにする」 「いいよ、べつに。夫婦になったんだからお前は俺が他に目を向けようとするのを邪魔する権利がある」 「それは知らなかった」 「俺はちゃんと言ってるし、そうしてる」  オレはいまさら結婚というのがどういうものなのかわかった気がする。  中学のころのオレの行動が公式に認められているのが夫婦の関係なのかもしれない。  弘文になによりもオレを優先させて、オレの隣にいることを当たり前だと思ってもらいたくて、弘文はオレのものだと周りにも言いたい。周りに気を使えと言われるたびに周りこそがオレに気を使えと思っていた。  オレから弘文を取ろうとするなと言いたかった。    家族という枠組み、そのグループの内部事情がよくわかっていなかった。    アニメのようなほのぼのとした家庭は自分の今の暮らしには当てはまらない。専業主婦という肩書を自分につけても生活に必要な家事は他人か弘文がしている。  掃除はホコリが立たないで水回りが担当だが、弘文が毎日トイレも風呂もキッチンのシンクも洗っているのでやることがない。  料理で活躍できたのは子供の離乳食だけだ。  全自動な家電に囲まれていることもあって日々、ジグソーパズルとレゴブロックしかしていない。  家族から弾かれている。  本当はおままごとの人形どころか空き巣なのかもしれない。  人の家に我が物顔で居座る犯罪者。  加害妄想にとりつかれるほどオレは何もしていない。  妊娠中や出産後に体調を崩したら自分のことばかりになる。  気づいたら今日が終わって明日が終わって半年以上が経っている。    弘文がどうしているとか子供たちの様子なんか気を配れずにずっと自分だけが苦しいとしか思わない。  だから気持ちが学生のころから成長していない。

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