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四十八

「……学園の外であいつに会わなくなって気になったり、転校してきたあいつの声で気付いたり、思い出したりしなかったのか?」 「弘文以外どうでもよかったから」  あれはモラトリアムの集合体だ。  気づいたら入れ替わるような一人一人の顔なんて覚える意味がない。  久道さんだけ自分はここにいるとアピールし続けた。  長い付き合いになるとわかっていたんだろう。  思い返すとありがたくて頭が下がる。  他はそうじゃない。  オレが覚えようと思わないことが透けて見えていたのは周りに失礼だったかもしれないが、オレに覚えさせようともしなかったのだって久道さん以外のみんなだ。    久道さん以外からすればオレは弘文にくっつく邪魔な荷物だ。弘文本人にすらそういう扱いを受けていた。    彼らは弘文という指針があってクズにならなかっただけで、少し間違えればオレに絡んできたりする不良と同じ人種になっていたと思う。見下しているのではなく事実として。だからこそ弘文はすごい。    包帯にいさんには細々と世話を焼かれて助かった。   けれどオレの中心は弘文だった。  弘文のそばにいることを妨害する人間の顔も弘文のそばにいることを許したりオレを認める人間の顔も平等に記憶にない。覚えようとしなかった。オレの人生に関わりのない人間を記憶にとどめたりしない。    久道さんは弘文の親友で近いから顔も名前も覚えた。  生徒会で会計もやっていたし、弘文がなにを言っても大体オレの味方について話をまとめてくれる役をしていた。  思い返すと包帯にいさんと久道さんはオレに対する反応が似ているかもしれない。  風紀委員長と久道さんは似ていないので久道さんの兄弟について考えたこともなかった。    誰が誰の友達とか誰が誰の兄弟だとか弘文の仲間内の人間関係なんかオレはひとつも興味がなかった。知ろうとしないし、覚えようとしない。    そういうところが周りから嫌われていた理由なのはわかっていても弘文がオレを嫌ってないならそのままでいいと思っていた。    あの頃、オレは心のすべてを弘文で埋めることで必死だった。  他の誰かとのやりとりに構っていられない。  配慮や気遣いというのは神経を使う。  他人とうまくやっていこうと悩んで時間を使ったりしたくなかった。  自分の中にある熱量を全部、弘文にぶつけたかった。 「でも、弘文にとってオレこそがどうでもいいんだって気づいて、いやになった」  オレの言葉に弘文が不思議そうな顔をする。  まったく伝わっていない。  こんなにも切実なオレの訴えを聞き流しておいて「俺は康介の言葉を聞く」とはどういうことだ。  優しくて格好よく見えた弘文を返してほしい。  転校生のせいでオレと弘文はいつまで経っても噛み合わない。

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