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番外:下鴨家の人々 「長女」2

   私が小学校に通うようになって一番の変化はコウちゃんだ。  コウちゃんはなんと公園デビューを果たした。  自分で閉じ込めているくせにヒロくんがコウちゃんを引きこもり扱いするからだ。  ヒロくんの酷いところは軽口でコウちゃんを傷つけることで、もっと酷いところはヒロくんの一言でそんなものどうでもよくしてしまうこと。    自分で傷つけ自分で癒す。私は最近、自作自演とかマッチポンプという言葉を仕入れた。ヒロくんはマッチポンパーだった。自分の父親がマッチポンプ男であることに危機感を抱いたのは私だけじゃなかった。    我らが長男、鈴之介がコウちゃんの社会性向上計画を立ち上げた。  それが深弘を連れての公園デビュー。  ヒロくんは難色を示すに決まっているので兄弟三人で一致団結して臨んだ。  反対されるならヒロくんに内緒にすればいいという私の意見は兄二人に声を揃えて却下された。  五人目の兄弟に会いたくなったらそうしようとおにいに言われて納得できないのに説得されてしまった。    ともかくコウちゃんを適度に太らせたいらしいヒロくんは公園デビューにGOサインを出した。    コウちゃんはメニューを端から端まで頼む人だ。  一気にではなく一つずつメニューを制覇していく。  何度も行けない店はヒロくんが食べているものを頼む。  それがコウちゃんの中の決まりだ。    公園の近くにはサンドイッチ屋さんや洋菓子店がある。  コウちゃんはそのお店に毎日立ち寄って一品を自分と深弘のおやつにする。  ヒロくんの思惑通りにコウちゃんの体重が増えるのかはともかくおやつ分だけ食事は増える。    雨や風が強い日以外コウちゃんは深弘と公園に行っている。  公園でコウちゃんを夢中にさせているのは池の鯉だ。  模様がきれいだと教えてくれた。  ベンチに座っておやつを食べて深弘と鯉を眺める日々に社会性は芽生えるのか私はおにいに苦情を申し立てた。  意外にもおにいは私よりも深くコウちゃんから詳細を聞き出して、今の方向性は間違っていないと確信したらしい。    コウちゃんにママ友ができたという。    私は瞬間的に浮気を疑った。  飢えた熟女がコウちゃんに群がるのは想像にたやすい。  陰から見ていたおにい曰くコウちゃんは延々と自分の旦那自慢をしていたという。    公園にいるママさん方からコウちゃんがどう思われているのか気になってしまった。  ボーイッシュで男装が似合う高身長の女性なのか、妻を旦那として話す変わった男性なのか。  おにいは気にならないらしくそのあたりは調べていない。  私はコウちゃんがどんな目で見られているのか激しく気になる。  ひーにゃんという馬鹿者は「性別年齢不詳の天使扱いじゃない」と言った。具体性ゼロだ。   「オレの旦那、久道さんだと思われてんだけど」    コウちゃんの発言に食卓の時が止まった。  公園という世界と広がりをコウちゃんが自ら閉ざしている。  ヒロくんがどんな対応に出るのか頭に浮かんでしまうからだ。  私たち兄弟三人にあったのは同じ思いだった。   「いつも話されてる通りイケメンで優しいですねーって。世の奥様達ってゲイカップルみたいなやつらに優しいね。子供はオレが産んだっていってあるからトランスジェンダー? あれだと思われてるかもだけど」    男性ホルモンを体内に入れると人は男らしくなるという。  髭も生えて体格もしっかりして男にしか見えなくなる。  身体が女として生まれても心が男の場合は後天的に医学療法でケアしていく。  そういった特集はテレビで見たことがある。コウちゃんは女として生まれたわけではないけれど妊娠できる男という点では何も知らない人から見たら同じ扱いかもしれない。    ヒロくんがどんな反応になるのかドキドキしていたらキッチンまで走って行った。  音だけ聞いていると吐いているような気がする。  衝撃が強すぎたのか、食べ物が変なところに入ったのか。  ヒロくんが静かなんておかしいと思った。   「大変だ。深弘が食べ物をのどに詰まらせた」    うちの静寂度ナンバーワンが強制的な沈黙を作らされていた。  オロオロとする男子一同を放置して私は子供用の椅子に座る深弘を床に引きずりおろし背中を叩く。  それでもダメそうだったので後ろに回って抱きかかえるようにして、お腹というかみぞおちあたりを押す。  深弘の口から出てきたのはゼリーっぽい何か。    ゼリー部分は深弘が食べていたのでところどころ欠けている。ゼリーの中心に何かがある。  まるいリング状のものだ。   「指輪?」    吐いて汚れた深弘の服を脱がせながらコウちゃんがつぶやく。  察したようにおにいがゼリーをはがしてティッシュでリングをふく。  そして、コウちゃんの左手の薬指にはめる。    私はキッチンで「死ぬかと思った」と言いながら水を飲んでいるヒロくんのところに向かった。  ヒロくんの左手の薬指にも指輪がある。昨日までなかったと思う。   「普通に渡せんのかーい」    私は思わずヒロくんの足のすねを蹴った。  深弘のほうが死ぬ思いをしたというのにヒロくんは酷い。   「コウちゃんが自分の食べ物、深弘にあげちゃうの知ってるでしょ!!」    キッチンにヒロくんを正座させて私は久しぶりに怒鳴りつけた。今日の朝にヒロくんに「ハゲにしてカツラつけたほうが毎日楽で早いよな」と言われて「そんなわけないでしょ」と言い返して以来だ。  ヒロくんは私をハゲにしたいわけじゃない。  ハゲの私を望んでいるんじゃなくて毎朝髪の毛をセットするのがお互いに大変だと言っているのだ。  髪の毛をセットするヒロくんもそれを待つために座っていないといけない私も面倒な時間だが、言って良いことと悪いことがある。   「ヒロくん、そういうとこ本当ダメだと思う。だから、ひーにゃんが旦那扱いされちゃうんだ!!」    ひーにゃんは見た目が爽やかイケメンだ。  ヒロくんは目つきが悪い。   「深弘にあやまって、コウちゃんに説明して」    この指輪騒動のおかげでコウちゃんの公園通いが無期限停止処分になる事態は避けられた。  いつものヒロくんなら確実に公園がなかったことにされただろう。  深弘の服を着替えさせ終えたコウちゃんが「指輪もらったって自慢しとく」とヒロくんとツーショットで写真を撮って「明日見せてくる」と笑った。    コウちゃんからすると二つ分の指輪を写真に撮ったつもりかもしれない。  でも、話題の流れから考えるとヒロくんが旦那さんだって弁解しておくということだ。  頭が良いのか天然でヒロくんを手玉に取っているのか私にはわからない。    わかるのは一番すごいのは深弘なんじゃないのか、ということ。  深弘が喉に詰まらせたりしなかったらヒロくんは謝らなかったし、コウちゃんも指輪をすんなりつけなかったかもしれない。

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