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番外:下鴨家の人々 「長女は未だに敗北を知らない」

久道視点。 ※番外編は時系列順に並んでいない可能性があります。  俺が夕飯を作っている間に何かがあったのか「ごはんできたよー」と声をかけて返ってきたのは沈黙だった。  いつもは誰かしら返事をしてくれるし、匂いでおかずは何かを当てようとしてくれる。  聞こえなかったのかと思って、もう一度「ごはんだよー」と言ってみるとヒロが「そんな場合じゃねえ」と床を叩いた。    次女である深弘ちゃん以外が正座をして円になっている。  中心にある何かを見ているのかもしれない。  子供たち側に回って見下ろすと写真が置かれているのが分かった。   「おぉ~、かわいい~」    先日の海での弘子ちゃんの水着姿と深弘ちゃんの成長した姿があった。  写真に未来が映ったりするファンタジー機能はないので康介くんの昔の写真だろう。   「さすが康介くん綺麗な中にもかわいさがある」    俺の発言に男性陣一同が「やめろ、バカ」と言いたげな顔をしたけれど、弘子ちゃんは「ひーにゃん、わかってるじゃない」と褒めてくれた。   「実は今日、男子に髪型をバカにされました」 「へぇ、見る目ない奴もいるね」 「世間的に貴様と私のどちらが優れているのか勝負だとアンケートを取りました。休み時間に」 「結果は」 「下鴨弘子、大敗を喫しました。敗因は彼に女装をさせたことです。女装というか私の服ですけどね。つまり、私の服の勝利」 「弘子ちゃんって賢いね」 「屈辱に打ち震えながら『勝ったのに嬉しくない』と叫んで先生に注意された彼に私はこの写真を見せたところコウちゃんの写真にものすごく食いついてきたのです! わが軍の完全なる勝利を祝った夕飯の宴にいざゆかんっ」 「おつかれー、今日はかぼちゃコロッケだよ」    弘子ちゃんは本当に自分が勝っていると思っている。誤魔化しているわけじゃなく本心から笑ってる。なかなかできることじゃない。これは、からかってきた男子は負けた気分だから正しいんだろう。   「コウちゃんは人妻だって言っても写真をくれってうるさいの」  弘子ちゃんが食卓にむかうと何とも言えない男子陣と無表情な次女がついてくる。  康介くんが深弘ちゃんを椅子に座らせながら「弘子はそれでいいわけ」と首をかしげる。   「コウちゃんを褒めるってことは私を褒めるということでしょう」  くもりのない瞳で弘子ちゃんが言う。  ヒロがなんでそうなるんだと口に出そうとしているのを長男の鈴くんがみぞおちを叩いて止めた。  鍛えているとはいえ痛かったのかヒロが面白い顔をしている。俺以外は見ていないみたいだけど。   「いたいけな小学生の初恋を横取りしちゃう罪な人でも私はコウちゃんの味方だから」 「……で、お前に絡んできた奴は誰なんだ」 「私よりも評価された子が気になるなんて、ヒロくんさては変態ね」 「なんでだよ」 「うーん、わかるかな? 朝比奈くん。後ろの席なんだけどヒロくんがやると私の髪の高さが左右で違うからイライラするって」 「それは俺が悪いけど、友達が指摘してくれんなら直してもらえば」    娘の髪の毛を上手く結ぼうという気のない発言だ。  俺が毎朝セットしに来てあげたい。   「そうもいかないのが将軍の悩ましいところ」 「お前は将軍なのか」 「運動会が終わった後にそういうあだ名が定着したって言わなかった?」 「みんな初めて聞いたと思う」    ヒロを含めて俺たちはみんなまだまだ下鴨家の長女、下鴨弘子ちゃんを知らない。   「将軍は隙を見せるわけにはいかんのよ」 「厳しい立ち位置だね」 「わかってくれるか、ひーにゃん!」 「ヒロがちゃんと髪をやってあげないのが悪いよね」  髪の毛をやるのは康介くんの方が上手だ。  ただアレンジしまくるので出来上がりまで時間がかかりすぎる。 「まあヒロくんは下手くそで髪の毛ちぎり魔だけど背が高いから上の棚にあるものも台を使わずにとれるの」 「待てよ。俺の褒められるところが身長だけってなんだよ、弘子ぉ」    ヒロをこきおろさず適当なところを持ち上げる弘子ちゃんは上手い。  康介くんは興味がなくなったのかお腹が空いたのか深弘ちゃんに食べさせながら自分も食べ始めた。マイペースというより自由だ。   「勝つべき時以外に勝ち続けると調和が崩れるので適度に勝ちをゆずるの」    と思っていれば負けすら負けにならないということだ。弘子ちゃんは賢いんだろう。勝つことの価値をわかっている。今回は負けることに勝ちと価値があった。  勉強になると思いながら「いただきます」と口にするとそれぞれ「いただきます」と言って食べ始めたてくれた。夕飯のかぼちゃコロッケは美味しくできたようで反応は上々。よかった。   「それにしても弘子が顔で負けちゃうのか」    終わった話題をさらっと掘り返す康介くん。  ヒロがもう触れるなという顔をしているが気にしない。昔から変わらぬ大物感。  康介くんは何を考えているのかその全てを読みとれない。だからこそ、すごいと感心できることが多い。   「朝比奈のやつだったら仕方がないのかな」 「康介、朝比奈と面識あるのか」    康介くんから人の名前が出るなんて異例だ。  ヒロの名前以外インプットできない仕様だと思っていた。  子供たちは例外としても人を見た目や役職で覚える子だ。  家事代行業でやってきていた人の名前も康介くんは覚えていなかった。   「見合いの話とか昔あったから。でも、あれはないわ。化け物じゃん」    悪意なく無邪気に笑い話のように軽く言うので一瞬聞き間違いを疑ってしまう。  ヒロが康介くんを「お前はまたそういうことを」と呆れる。    朝比奈の名前は俺も聞いたことがある。康介くんとお見合い予定だったかは知らないが、他校の生徒会役員に居たはずだ。全寮制の男子校という同じ系統の学園は生徒会同士で連絡を取り合ったりする。情報交換という名の苦労を分かち合う会だ。そういった場で朝比奈を名乗る生徒は賞を取ったり芸術面で優秀な人間が多いとか、目を見張るほどの美形ばかりだと教えてもらった。    優秀だから化け物なのか、綺麗すぎるという褒め言葉として化け物なのか、どちらにしても康介くんの感覚はよくわからない。子供たちも慣れているのか康介くんにツッコミを入れない。    ただヒロがめずらしく頭を抱えていたのは面白かった。  

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