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番外:下鴨と関係ない人「とあるアパレル販売員」4

 しばらくして、怠け者の後輩の雑談が始まった。    店内にお客さまがいないとはいえ無駄口を叩くぐらいなら服のたたみ直しでもやっていろ、そう思いながらも私は適当に相槌を打つ。  今日はあの家族に何かがあったんだろうと想像に忙しい。   「さっきのちょっとあやしい人たち居たじゃないですか」    具体性がなさ過ぎて把握できない。  店の中での話なのかショッピングモールの外の話なのか。   「センパイがわざわざ帽子出してあげた女の子とかの」    数年来のお得意さんに対してあやしいなんて失礼すぎる。  私だってあやしさを感じたこともあるけれど口に出そうとは思わない。   「あの女の子いっつも感じ悪いっすよね」 「はあ!?」    衝撃的すぎて思わず大きな声が出た。  一度として感じが悪いと思ったことはない上に物わかりがいい賢い子だと思っていた。  買わない商品を無駄に触れたり泣きわめいたりするところは見たことがない。  いつだって買うことを前提にして質問をしてくれる幼いながらに上客だ。  こちらが商品のアピールをしっかりと受け止めた上で自分の希望を乗せて返してくれる。  大人でもなかなか自分が着たい服や探している服の説明ができないのにちゃんとしている。   「いつもコレじゃなくてアレって注文つけてくるじゃないですか」 「お客さまが自分の希望に合った商品を探すのは当たり前でしょう」 「お客さまって、センパイあれ子供じゃないですか」 「子供が欲しいものを親が買うでしょう」    事実、娘が欲しがったものを美形さんが買わなかったことはない。   「お金払うのは親なんだから親に説明するもんじゃないですか」 「あの子が納得しないものをあの親は買わないでしょう」 「娘のかわいい姿を父親はみんな見たいですって」    見解の相違は仕方がないが聞いていて嫌な予感がする。   「あなたまさか、彼女の言葉を無視したの。商品について聞かれて」 「お客さんはあの子だけじゃないんです。私だって仕事してるし、あっちのお姉さんに聞いてって感じで流してますけど」    後輩を叱りつけたいが、後輩の対応のおかげで女の子が私に話しかけてくれるんだと思うと頭ごなしに考えを改めろと言い難い。年齢に関係なくお客さまはお客さまだと分かっていないのは同じ店員として恥ずかしいが、後輩はたしか縁故採用だ。  それに接客態度がものすごく悪いわけじゃない。  学生時代は読者モデルだったらしく見た目はかわいいし、ウチの服も華やかに着こなしている。  子供から大人までどころか男女ともに着れるとなると地味で無難にまとる服ばかりになるところを後輩がアレンジすることでティーンにもそこそこ受けている。   「あのベンチに座ってる人、奥さんかもしれないですけどサングラスダサいです」    お連れさまは大女優にしか許されない顔が隠れそうな大きなサングラスをしている。  顔が小さいからサングラスが大きく見えるだけかもしれない。   「絶対私の方が若くてかわいいですよねっ」    何言ってんだコイツと冷たい視線を向けても後輩は動じない。   「私、玉の輿目指してるんです」    聞いちゃいないことを力説する後輩は私の冷たい反応に気づかないのか「聞いてくださいセンパイ」とうるさい。  仕事をしろと突き放したいが「あのイケメンってオーナーの愛人なんですよ」と言われて続きを聞くしかない。  お客さまの個人情報など店員は詮索しません。そう言いたいがメチャクチャ気になる。   「オーナーと喫茶店で話してるの見ました」    喫茶店なんていうオープンなところで話していたなら浮気ではない。  商談とかそういったビジネスの話じゃないだろうか。オーナーはアパレルショップを何店舗も経営している。   「私、後ろの席に座って聞いてたんですが、センパイが新しい店で店長を任されるらしいです」    新店舗についての話を二人でしていた理由はともかく愛人疑惑どこいった。  こんな形で店長になることを知りたくはなかった。   「オーナーってばアクセ買ってあげたいとか、家買ってあげたいとかイケメンにメロメロでした。金持ってる勝ち組の女って違いますよね」  オーナーへの憧れを語りつつ盗み聞きの内容を詳細に話す後輩。  彼女の口の軽さはいつか自分の首を絞めるだろう。   「金銭的に不自由はさせてないって言って断ってました」 「愛人ではなかったのね」 「いえ、でも! イケメンの手をぎゅって握ったりしてたんですよ」 「何かを握らせたとかじゃないの」 「後ろからなんでそこまでは……。でも、格好いいからホストですよ。ホストって親戚の子を遊びに連れて行ったりしてストレス発散してる人多いって」    あくまでお客さま不審者説を崩さない後輩。   「ホストやってると身内の子供に何でも買い与えちゃうらしいですからそれですよ」    玉の輿を狙う後輩にとって都合のいい美形さんフリー説を唱えたいようだが、それはない。  今まで見ていた中で疑う要素が一瞬もなかった。  ウチの店を贔屓にしてくれているのは服のデザインや価格ではなく、店内からお連れさまが座るベンチが見えるからではないだろうか。   「あなたからするとホストって玉の輿なの」 「いやいや、ホストで資金を溜めて何か仕事してるみたいですって。仕事くださいってオーナーに言ってましたから」    やっぱり普通にビジネスの話をしているだけだ。  ただオーナーとは長い付き合いなのかもしれない。    この店に入荷する服はいつもお連れさまに似合いそうなものが多い気がする。    オーナーと知り合いならぜひ入店してほしい。  ウチはセミオーダーもやっているので採寸させていただきたい。  いつも丁寧に断られているけれど裾のお直しは無料でやっておりますのでベンチから数メートル移動してもらいたい。    いつも遠目でしか見ておらずほぼ座っている状態で一方的に見つめているので、新店舗に移動する前にお連れさまを近くで見たい。そんな機会はあるのだろうか。

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