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番外:下鴨家の人々 「長男は未だに反抗を知らない」2

「コウちゃんってわかりにくいけど完璧主義者なんだよ。自分の行動と自分の頭の中にあることに差があるのが嫌。兄貴もそういうとこあるだろ」 「自分ではちょっと、わからないな」 「……コウちゃん、ジグソーパズルとレゴブロックは得意だろ。集中して世界に入るとドンドン作っていく。料理ができないはずないんだよ味音痴じゃないし」 「でも、コウちゃん実際ちょっと」  コウちゃんはみじん切りの達人だった。  千切りも上手かった気がする。  切り刻んだり、すり潰したりが上手いというか早いので弘子の離乳食なんか手早く作っていた。  反面それを普通の料理に応用ができない。   「いっしょにクッキー作ってて思ったけど、自分の手の動きを完全に制御できてないのがストレスなんだよ」 「クッキーってなんだよ。初耳だぞ」 「ママ友たちと手作り菓子を交換するっていうから助手をした。ちゃんとおいしく作れたよ。俺が手を貸さなくても」    弓鷹はそのときの様子からコウちゃんの性質に気づいたという。    クッキーにはいろいろな種類があるが、簡単だというので弓鷹が生地を絞るタイプのクッキーに決めた。  これはコウちゃんにとってすごく苦痛だったらしい。  絞り出すクッキーを全部同じ大きさにしたかったというのだ。  機械ではないので常に同じ力で生地を絞り出すことはできない。  熟練の職人ではなく初めてクッキーを作るのにコウちゃんは自分に与えるハードルがシビアだ。  結局、アイスボックスクッキーという棒状にした生地を冷蔵庫や冷凍庫で冷やし固めて包丁で等間隔に切って焼くものに変えた。これはコウちゃんにストレスを与えなかった。    そこから弓鷹はコウちゃんが食材をみじん切りにする理由を見つけ出した。  コウちゃんは食材を全部、同じ大きさに切りそろえたい。無意識か意識的にか、そう思っている。  野菜の大きさはそれぞれ違うにもかかわらず大きさを揃えようと思えば最小単位のようにみじん切りになる。   「木鳴のおばあちゃんによってコウちゃんは細工包丁という迷宮からの脱出する鍵を手に入れた」 「弓鷹、お前すごい表現するな」 「細工包丁、飾り包丁、あれでコウちゃんのストレスは激減。コウちゃん嫌なことしないからイラついてみじん切りにしてそのまま放置とか離乳食作りすぎて放置とかして怒られてたけど、これからは違う」 「ニンジンがモミジだったりチョウチョだったりするのは何なのかと思ったら、食材のサイズの統一化だったとはね」    弓鷹はよく気づけたものだ。  コウちゃんはたぶん下鴨の家で高級料亭のご飯を食べていた。お弁当も親が作ったものではなく衛生面で安全が保障されたホテルのものなど。  ヒロくんや久道おにいちゃんが作れば文句は言わないけれど、自分で作るとなると雑な男飯など無理。目指すのは今まで自分が口にしていたレベルのもの。料理初心者の素人が目指すべきではない。    食材に火が通っているのか分からないからとりあえず全部みじん切りにしたり、すり潰すのは雑な男飯かもしれない。極端に振り切れているがコウちゃんらしい。   「コウちゃんが料理はじめたってことは味噌の傷が癒えたってことだと思う」 「じゃあ、見守ってた方がいいってこと」 「ヒロくんから中止命令が出てもコウちゃんが聞かないぐらいになるまで、隠しておいて。ある程度まで料理は久道さんが作ってるってことにする。話はもう通してるから」 「手際いいなってか、弓鷹……何か怒ってるか」    ジャガイモをむいていた手を止めて弓鷹が俺を一瞬見た後、視線を逸らした。  こんな反応をされる覚えはない。   「兄貴、見合いするんだって?」 「来月ぐらいに」 「それ、ヒロくんもコウちゃんも知らないよね」 「結婚前提の顔合わせだから見合いという言い方になるだけで食事会だからな」 「下鴨の意向でしょ」 「中高と寮生活になる前にとおばあさまたちが気にしてくださったんだ」 「ヒロくんとコウちゃんに許可を取らない下鴨の意向でしょ。聞くわけ、それを」    弓鷹は反抗期なのか苛立ったようでありながら低くおさえた声を出す。  包丁を持ちながら怒るのはやめてほしい。   「いや、いいわ。兄貴に言っても仕方ねえことだし」    またジャガイモの皮むきを再開した。  ソファを見るとコウちゃんがあくびをしている。起きたらしい。  手招きされたので近づくと頭を抱きしめられて撫でられた。   「弓鷹、ありがとうなー」 「ニンジンの皮もむいちゃうね」 「助かる~」    俺の頭を抱えるようにして弓鷹と話すコウちゃん。  ささやくように「ビックリしちゃった?」と聞いてくれた。  言われると俺はものすごく驚いている。    コウちゃんがヒロくんや俺たちにも隠れて人知れず味噌を作り、そして味噌が死んだと嘆いていた時よりも驚いている。  味噌だって冷蔵庫に入れたりしないと腐ってしまうだろうし、そもそもヒロくんが知らない秘密のスペースがこの家にあるとも思えない。コウちゃんは隠れているつもりでバレているんじゃないだろうかと思考は横道にそれた。   「弓鷹はおこってないよ」    優しくコウちゃんは内緒話をするように言うけれど、弓鷹は怒っていた。   「自分の知らないところで決まっていくものがあるのが嫌なだけ」    俺の見合い相手に弓鷹も会いたいということだろうか。  コウちゃんは「弓鷹はまだ未来の話が嫌いなんだ。ゆるしてやれよ」と俺の背中を撫でた。  顔を上げるとコウちゃんは笑っていて俺は別に間違っていないのだと思った。俺は俺がやらなければならないことをこれから先もずっとしていかなければいけない。    テーブルに置かれた勉強道具一式を見て気持ちを切り替える。  後ろから抱きついたコウちゃんが「明日クッキー焼くから食べる?」と聞くので「食べたい」と答えると聞き耳を立てていたのか弓鷹から「俺も食べる」と声が上がった。    クッキーはここにいる四人だけの秘密ということになったが、当然あとから弘子にバレて裏切り者を連呼される。   ------------------------------------------------------------------------------------------- 引っ張る内容じゃないので補足すると、 康介は味噌汁は味噌から作らないと味噌汁じゃないと思っています。 なかなか美味しい味噌が作れず水面下で悶々とする話は長くなるので本編でカットしています。 味噌の材料や隠し場所は久道相談所の仕事でしょうね。 本編で語られた味噌汁スマホどぼんのち味噌の状態確認を怠って味噌死亡の流れ。 (スマホどぼんを兄弟二人は知りません) 康介は焦げすぎてないか、火がちゃんと通っているのか心配になって、食材を触りすぎたりするタイプなので(だからすり潰したりして離乳食化させてしまう) 弓鷹が冷静に「大丈夫だから、あと十分は蓋しめたままにして」とか横で言っていてくれると見た目も味もいいものが出来上がります。 たぶんクッキーもせっかちですぐにオーブンを開けて確認したがる前のめり気味な康介を弓鷹がなだめて成功させている。 (慣れれば食材に火が通るタイミングも理解していきますが、康介はやってないので、ついつい心配になっちゃう)

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