82 / 192
番外:下鴨家の人々プラス「海問題3」
下鴨弘文視点。
家に帰ったら久道が玄関先で土下座して待っていた。
康介に何かがあったのかと思えば、子供たちが夏休みに無人島に行きたいという。
交通費以外は無料だというから財布に優しいが怪しい。
弘子が海に行きたいというのを学校の先輩に話したところ自分の家であたらしく始める事業の試験運用に参加しないかと提案されたらしい。
国内の無人島を貸し切って好き勝手できるなんて確かに面白い。
バーベキューしてもいいし、テント張ってもいいし、簡易ホテルでリゾート的に過ごしてもいい。
不便な点や気づいたことを毎日、日記のように記入して提出するらしいが、森に行こうが山に行こうが構わないという。
夏で子供たちを思い切り遊ばせたかったのでお盆休みをとることにする。
普通の会社員だと大型休暇を急に取るのは大変かもしれないが社長だということを差し引いても問題ない。
作業通りに進まなくても最後に帳尻が合えばいい。
久道が頭を下げることではないと思っていたらどうやら一緒に来たいらしい。
めずらしいと思っていたら写真を撮りたいと言ってきた。
ひと月前、家族全員で適当に車で出掛けた時のことを思い出す。
パーキングエリアで期間限定で販売している何かが欲しいとか食べたいとかそういう理由だった。
久道は思い出話や写真を楽しみにしていると送り出していたが、帰ってきた俺たちに泣いた。
写真を撮るのが康介ならどんな結果になるのかわかりきっていただろうにバカな久道は子供たちのメモリアルを期待していた。
康介がカメラを構えたら俺しか撮るわけがない。
弘子が「コウちゃん、撮って撮って」と言ったので看板を背景にポーズを決めている写真だけは何とか残った。
俺を撮りすぎて子供たちすら写真のフレーム外にしているのはクズすぎる。無自覚にしても酷い。
久道が「俺がみんなを撮ってあげる」と握りこぶしを掲げるが、みんなの中に俺は入っていないだろう。
べつに久道に撮られたいわけではないがナチュラルに集合写真から外されると写真を見直したときにムカつく。
康介に俺以外の写真を撮れというのは難しいんだろう。
できるならもっと前からしている。
「連れてってもいい。ただアイツらに説明しろ」
「あいつらって、もしかして会社の?」
なんで俺がと久道の顔に出ている。
「お前のせいでストライキが起きたらどうしてくれんだ」
「え、会社ヤバイの。ヒロのカリスマがやっと地に落ちたか!」
「嬉しそうに笑ってんじゃねえ。お前だけ特別扱いでずるいって」
「つまり何、あいつらってば康介くんに嫌われてるくせに家族旅行に同行したいっての? うわあ最悪」
康介や子供たちの前では絶対に見せない顔のゆがめ方をする久道。
こんな腐った目はひさしぶりに見た。
「自分たちがしたこと、わかって言ってんの、それ」
「あれに関わったやつは辞めちまってる」
「え~、あはは。またまたご冗談を。いるんだろ、俺の兄と弟を名乗ってる二人がさ」
「そういう言い方をすんなって。今更なかよくしろなんて言わねえけど家族だろ」
「血の繋がってない兄弟と成人過ぎて何を話すの。昔は同居人や隣人だったかもしれないけど、今は何の関係もない」
「あるだろ。少なくとも二人は俺の会社にいる」
「……気持ち悪っ。俺との繋がりを残そうとして親の期待を蹴って、健気に待ってますって?」
これ以上この話を続けても、らちが明かない。
久道は会社の社員数名が結託して俺をメインに添えた乱交騒ぎを未だに引きずっている。
もちろん何もなく済んだのだが、それは久道が部屋の中に火炎瓶を投げ入れたからだ。
消防車まで出動する事態になった。
火事の原因は酔ってわけがわからないという形で押し切ったが俺を助けるにしても他のやり方があったはずだ。
会社の飲み会のあとにこの展開なので久道は辞めていった社員以外にも共謀者がいると考えている。
自分の兄弟を犯人扱いするのは理解できないが、昔から久道は康介と同い年の弟が自分の兄と俺をくっつけようとしていると主張する。これは完全な深読みだ。慕われてはいるが、あいつらが気にしているのは久道のことであって俺じゃない。
「俺が説得して、そもそも聞くのかよ」
「まったくの無視はねえだろ。それこそお前の兄がみんなを納得させるように話を持ってくんじゃないのか」
「またそのパターン」
うんざりした顔をする久道。
久道の兄が仲間内の調整役を買って出るのは昔からだ。
それを久道が嫌がるのだっていつものこと。
「いいよ。家族旅行にあんな集団が無断で押し寄せてきたら最悪だもん」
「無人島なら一定の範囲で区切って社員旅行として連れてきても」
「ダメに決まってんだろっ」
土下座で出迎えた男には見えない表情で俺をにらみつける久道。
「いつもヒロは結果重視で過程がぐっちゃぐちゃでも気にしないよね」
この場合の結果は俺が無事に家族旅行にいけることと会社の従業員たちがそれに納得することだ。
立ち上がった久道は「はいはい、あっちに話しつけますよ。まったく土下座損だよ」と愚痴る。自分で兄に掛け合うんだろう。
「弘子と深弘の水着のデザインはお前が決めていい」
「高いのか安いのか分かんないけどオンリーワンなご褒美っ」
「康介はどうせ砂の城作って遊んでるから何も買うなよ」
「康介くんの水着だけは一生決めさせてくれないっ」
「男の水着の種類なんてそんなにねえだろ」
中身が残念でも見た目は良いのに康介は着るものにこだわりがない。
髪の毛も伸ばしっぱなしで適当にまとめている。
弘子の髪の毛をいじるのは好きそうなのに自分は放置だ。
それは無人島でも同じだろう。
ともだちにシェアしよう!