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番外:下鴨家の人々プラス「海問題9」
久道視点。
卒業後にヒロ以外とはほぼ絶縁といっていい状態になった。
当時、前期を含めた生徒会役員たちの行動は俺にとって許しがたい。
康介くんに仕事を押しつけるだけではなく在学中に勝手に副会長をおろす形にしたことを俺は忘れてない。
あれは確実に見せつけていた。
役職のある人間の引き継ぎは必要だが二人の間で会話はなされなかったはずだ。
目的のために手段を選ばないのか、手段のために目的を選ばないのか。
何を思っての行動なのか分かるからこそ気分が悪い。
得をした人間が誰なのか振り返るまでもなく知っている。
結局、康介くんと弘子ちゃんは美容院。
俺と瑠璃川と子供たち三人は併設されたカフェ。
保育スタッフがいる店のようで母親が髪を切っている間、子供を見てもらえるようになっているらしい。
深弘ちゃんは寝ているので子供用の椅子に座らせている。
レゴブロックを基調にしているらしい、あかるくかわいい店内で弓鷹くんが喜びそうだと思ったがいつになく表情が険しい。
手作りかぼちゃプリンという好きそうなメニューにも手を付けない。
内心で次男坊の急変に康介くんを呼んでみるがもちろん反応はない、と思ったら康介くんが現れた。
俺の心を見通す天使なのかと信じてしまえるタイミングだ。
弓鷹くんの背中を軽く叩くとかぼちゃプリンを一口食べた。
おいしいと口にすることもなく弓鷹くんにスプーンを返すと深弘ちゃんのとなりに座る。
弓鷹くんは小さく息を吐き出して「いただきます」と口にしてかぼちゃプリンを食べだした。
「おいしいか?」
「まあね。……あ、コウちゃん、作りたい? たぶんレジのところにご自由にお持ちくださいってプリントアウトしたレシピがあったよ」
「弓鷹、えらい。それ、もらって帰ろう。夏が終わればパンプキンディーだ」
「ハロウィンでヒロくんを地獄の底に突き落としてやる」
「うちの次男はちょっと過激派」
「え? コウちゃん、なんで弓鷹おこってるの」
パンケーキを上手く切り分けることに意識を向けていた鈴くんは弟の反応についていけない。
店内に入ってしばらくしてから、康介くんの手を誰かが無遠慮につかんだ瞬間を見たヒロ並にブチ切れながらもそれを抑えこんだ表情を浮かべていた。
「怒ってない、怒ってない。弘文に包丁投げつけたい気持ちになってるだけだ」
「コウちゃん、それ、おこってるって言うよ」
「弓鷹が怒ったらこんなもんじゃないって、なあ?」
「……そうだね。こんなの怒りの内に入んない」
微笑む弓鷹くんは康介くんを殴ろうとするやつを見た瞬間のヒロと同じヤバイ目つきをしていた。
怒りではなく怒りを超えた感情を湧き上がらせている。
瑠璃川も感じ取ったのか「この店、連れてきちゃまずかった?」とビビっている。
康介くんだけは気にせず「チョコタルトいっしょに食べよ」と笑いかけている。図太すぎてビックリするが、昔からヒロがどれだけ切れていても康介くんは康介くんのペースを崩したりしなかった。
康介くんが康介くんすぎるからこそヒロも次第に落ち着いて自分のペースを取り戻す。
自分が頼んだ白いココアがおいしいと弓鷹くんに康介くんは笑顔で勧める。
肩の力が抜けてきたのか弓鷹くんも普通に受け取って飲み始めた。
天然なのか考えているのか分からない。
それでも確かなことは康介くんは切ってもらうだけに済ませて素早く移動してきた。
シャンプーもトリートメントも興味がなかっただけかもしれない。康介くんの内心は分からない。
結果だけ見れば、救いに来たように見える。弓鷹くんを、あるいは俺を。
「人間の分際で天使と同じ立場に立てると思ってんのかよ」
瑠璃川が口にした言葉に思わずコーヒーを吹き出しそうになる。
不思議そうな顔をしている康介くんたちを差し置いて俺を見る瑠璃川。
康介くんの言う通り、空気が読めないやつだ。
「俺、久道さんの気持ち全然わかんなかったんです。こいつこんなんだし、周りだってみんな優しいから勝手をゆるしてるってか、黙認してるって感じで。こっちが大人になって折れるべきなんだろうなって」
瑠璃川が康介くんをこいつ呼ばわりしているのは弓鷹くんは気づいたのかイラっとした顔をした。鈴くんは自分に関係ない話題なんだろうと康介くんから白いココアをもらって「普通の方がいいな」なんて言っている。
「久道さんたちがどうかしちゃったんだっていう意見に半分以上は賛成してたんすよ。でも、いまなんか」
「いいよ、ここまで来たなら全部言えば?」
今日、はじめて瑠璃川に自分から話しかけたかもしれない。
過去の青臭い発言を引っ張られるのは勘弁してもらいたいが、あの憤りは未だって持ち続けているものだ。
「俺たちが天使ってか、こいつに選ばれてないことを理解してなかったんだって、……なんか、腑に落ちたというか」
ここに弘子ちゃんがいたなら「脳内を整理してから発言なさいな」と言ってくれただろう。
気持ちが整理しきれないのか瑠璃川は目を伏せる。
年齢的なことを考えれば仕方がないかもしれないが、自分たちが他人にとって無価値だなんて思ったりしない。
同じ集団に属するなら仲間意識だって芽生える。同じ空間にいる同じ年代が交流しようとするのは考えるまでもない自然の流れだ。
人間同士だと思っているからこそ無視されると傷ついたり腹が立つ。
だが、天使だとするならどうだろう。
天使が人間に平等に優しいかというとそうではない。
誰にでも祝福を与えるかといえば違う。
選ばれた人間だけを寄り添い見守る。
それを不満に思うのは人間の傲慢だ。
選ばれない人間には選ばれないだけの理由がある。
康介くんは頭が悪いわけじゃない。
人の気持ちを理解しなかったり踏みにじるわけじゃない。
考慮されない人間たちは康介くんという天使にとって居なかっただけだ。
そもそも康介くんへのヒロの言葉の真意を理解できないバカたちが天使に選ばれるはずがない。
自分たちが選択権を持っているなんて驕り高ぶるのは最低に恥知らずだ。
ヒロが誰を選んでどうしたいのか見ていて分からないのなら弾き飛ばされて当然だ。
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