98 / 192
番外:下鴨家の人々プラス「海問題19」
下鴨康介視点。
すでに来年の予約を取っている割に全体的に雑だ。
会長が取り仕切ってるならスケジュールが遅延しているのではないだろうか。
生真面目な人間というのは最初に決めた業者から変更しない。
こちらのお願いした作業工程を守らないならきちんと仕事をする相手に頼むべきだが、蕎麦屋の出前のように「これからやります」という言葉を鵜呑みにする。
オレはそういうのが嫌いなので文化祭で作業が遅い部活や委員会は展示の取りやめや屋台の出店許可を取り下げると通告した。もちろん嫌われるが人から嫌われ慣れていたので気にならない。生徒会ではこういったやりとりは多かった。書類の提出期限を破る人間はどれだけ成績優秀で部活で功績をあげても人としてだらしなくて好きになれない。
弘文だったら揉めずに相手を動かせるだろうが、オレはできないし会長は待つばかりで動かなかった。
生徒会室に弘文がいなくてやる気が起こらなかったとしても次の世代になるオレたちが無能の証明をするわけにはいかない。向上心も責任感も義務感もないのに副会長などよくやったものだと当時を思い出す。生徒会の仕事へのやる気が低いのに転校生が来て仕事量が増えて弘文とも一緒にいられなかった地獄の時間だ。
会長が生真面目なくせに日和見なのは今更なので責める気はない。転校生が包帯にいさんだったというなら、なおさら会長はフォローに回りたかったはずだ。弘子にたまり場がどうとか言っていたので思い出したが、会長は久道さんや包帯にいさんと結構親密だった。上からの指示に逆らえない三下に怒りを向けるのは感情の無駄な消費だ。
作業に問題がないならいいが、業者の都合で資材や機材が届かなかったりしても会長は金の力で最終的に解決できると思って強気にならない。昔と同じように対等に交渉などできないお坊ちゃんなら頼りがいのある弘文との縁は切れないだろう。
お節介だがお世話になった手前、無視できない。
本部に残って会長にレジャー施設の細かい話を聞いてやろうかと思った。
バナナボート分ぐらいの相談に乗るべきだ。
だが、オレが本部に残るという前に弘子の口から意外な言葉が出た。
「A班は下鴨康介、下鴨弘子、下鴨鈴之介、B班は下鴨弘文、下鴨弓鷹、下鴨深弘、ひーにゃん。そして、カウンセリングの結果、瑠璃ドンは本部に居残り」
意外なメンバー分けだ。
弘文が「弘子が裏切っただとっ」と変なことを言っている。
裏で打ち合わせでもしていたんだろうか。
「久道さんはひーにゃんがフルネームになったにゃん」
「そうにゃん。猫耳のヘアピン持ってきたから康介くんと弘子ちゃんにつけて欲しいにゃん」
猫耳のヘアピンというのは自然と猫耳が頭から出ているように髪にヘアピンでとめるやつだ。
結構重かったような気がする。中学の時に着けたが尻尾もパンツがずり下がってきて転んだ記憶があるので好きじゃない。
オレの不満が伝わったのか「弘子ちゃんかわいかったから」と言われてしまった。それは悩む。オレが猫耳をつけなければ弘子もつけないかもしれない。
「服装のことは後にして、待ち合わせ時間と夕飯と寝る場所の話をします」
仕切りたがりなのか「はいはい」と脱線しているオレたちを注意する弘子。
年齢は関係なく自分がしっかりしないといけないという意識が弘子にはある。
そういったところは弘文に似ている。
「これからシャワーを浴びて着替えたり準備して十六時にここで集合。それから一時間半ほど写真を撮って瑠璃ドンに送り続けます。ポイントに応じて食料をゲット。寝る場所は山の中腹にある小屋かテントを張ります。どちらを使うかはポイントが低かった夕飯の中身が貧しい班が決めます」
意外とちゃんとルールを考えている。
豪華な食材を手に入れるために珍しい写真を撮っていかないといけない。
「弘子センセー、瑠璃川が不正を働いたら」
「瑠璃ドンはそんなことしません。私が信じた、ならば、あなた方も信じなさい」
久道さんは素直に「はいですー」と引いた。
本気で会長が不正を働くと思ったわけではなく場の空気を考えてくれた。
弘文がオレと班が別れた事実を受け入れられていないのでこういう茶々入れが必要だと思ったのだろう。
「十六時に集合と言いましたが、全員そろったらもっと早くスタートします。一番最後に来た人は十六時前でもペナルティです。……それでは、みなのもの心してかかれ」
弘子の合図でいったん解散になったが今は十四時前。
最後にならないようにこの場所に戻らないとならないが、その前にやっておくことがある。
気分が落ち着かずに悶々とし続ける夏休みなんて誰だって嫌だが、子供からすると大人より長く感じるだろう。
口にしたい言葉を吐き出さないのは余計な感情があるからだ。
シンプルな言葉が出せずに別の感情が引っ張られて言葉が歪む。
伝わらないと思って言葉を重ねてもやっぱり理解は得られにくい。
オレは弘文が言っていることがよくわからないことがあるし、弘文もオレの言葉に首をかしげる。
それでも、夫婦としてひとつの形としてなんとかなっている。指輪を貰って調子に乗っているのかもしれない。
今のオレは人にやさしくしたい気分でいっぱいだ。
無闇やたらにエロい弘文の効果もあるかもしれない。
話かける前から弓鷹にあきらめて欲しくはない。
歩き出せずにいる子供の背中を押しに行くのは親の務めだろう。
弓鷹ではなく弘文がそろそろ限界だろうという見立てなので、結局のところ弘文至上主義なのかもしれない。
ともだちにシェアしよう!