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番外:下鴨家の人々プラス「海問題39」
ヒナ視点。
コアラのお菓子の眉毛や腹に傷がある絵柄を探すものや袋の中に稀にある大きな飴玉やキャラメルなどを手に入れるゲーム。彼は短期的な集中力が高いのか神に愛されているのかレアとされるものに遭遇する率が高い。アイスやお菓子の中からハート形のものがあらわれるのは日常的な光景だ。
そのためゲームの形式をとりながら完全なランダム要素が消えて行ったのは想像しやすい。
当たり前な疑問として彼は首をかしげて俺に尋ねた。
他の誰かではなく、俺に。
こんな陰険で陰湿なことを企画したのは誰、と。
彼にとっては独り言の延長かもしれない。俺にとっては人間である彼との初コミュニケーションだ。突き止めなければならないという使命感にかられないはずがない。
情報収集のための網は出来ている。彼に聞かれるまで彼の状況を作り出したのは集団をまとめている人間だと思っていたが、するとどうにも腑に落ちない。
人間浄化装置を作り上げたそいつは彼からハート形のお菓子を貰って楽しそうにしていたからだ。あの空間を自分から捨てようとするなど正気とは思えない。それなら、首謀者といえる人間が他にいるのは間違いない。たまたまではありえないタイミングと濃度。
転んだ先に割れたガラス瓶があってそれをなんとか避けたら車道に出て車と接触しそうになる。こういった不幸はどこでも見られることかもしれないが、毎日ともなれば作為を疑う。
彼が俺にしてくれた問いかけに返事をするために答えを探して辿り着いた。
伝えようと先走ったのが悪かったのか俺は彼に認識されなかった。
何度か目の邂逅の後、数人に取り囲まれて冷静になれと諭された。俺を諭してきたそいつの同情がムカついたので暴れまわること数回。やっと俺は理解した。彼は自分と見合いをした人間として俺を過去の異物として消し去っていた。
バンダナとサングラスをせずに声をかけるべきではなかった。
俺の目立つ色彩は隠し通さなければいけなかった。
彼は男として生活しているので男と見合いをした過去はあってはならないのかもしれない。周囲に両性であることを隠しているようなので、無視されているのに食らいつく俺の方がデリカシーに欠けていた。彼の行動を理解しても苛立ちが消えるわけではないし、廃工場で顔を合わせたときのように一族特有といわれる髪や目の色を伏せていたら、こんなことにはならなかった。
とりあえず俺が軽率な行動に出た理由である彼の問いかけの答えをボコボコにすることにした。口の中が気持ち悪いと嘆く彼は発案者をそっと呪っていた。彼にとって愚痴でしかないかもしれないが俺は彼の願いとして受け取った。
頼んだ自覚のない彼が説明することはないので俺は自分の行動理由を自分で口にするという拷問を受けた。彼が「そういえばそういうことがあった」と口にするのを見て、彼ならこういったリアクションになると思った。
彼にとってまずい飲食物で足止めされている時間の無駄が気分の悪いものであり喉元を過ぎれば引きずるものでもない。
それとも、留守番を褒められて嬉しそうにしていたので、気分の悪さなど通過点だったのかもしれない。ただ一人にだけ評価されていれば彼は満足なのだから。
「おい、待て。だから、俺の言ってることと同じってか、むしろ、お前が犯人かよ!! 相手がだれか分からないのにマシンガンを撃ちまくるなっ」
現在、俺の雇い主であるそいつは彼の頭を思い切りたたいた。ツッコミが来ると思わなかったのか彼は「きゃふっ」と咳き込むような謎のかわいい声を発する。ぎゃふんと言いたかったのかもしれない。
「猫耳がずれる」
「いい、もう外しちまえ。ヒナにあげろ」
彼がそいつに氷だけが残ったグラスを渡して俺にグレーの猫耳をつける。バンダナにくっつけているので耳の向きがおかしいだろうが、気にしない。俺は彼の前でバンダナをとる気がない。
猫耳の毛色は奇しくも俺の髪や瞳と似た寒色系。
「ロシアンブルーはボイスレスキャットだっけ。警戒心が強くて大人しいけど献身的」
俺に似合っていると彼は笑うが、彼こそ静かな猫だ。声を上げることを知らなかった肉は猫ですらないのかもしれないが、今は楽しげに微笑んでいる。話の流れで形式的なものじゃない。場の流れを読むのなら今は笑うべき場面ではない。
彼の旦那を名乗るそいつが彼の猫耳のなくなった頭をつかんで威圧している。
「ヒナが何したのか言ったよな? で、ヒナがお前の望みを叶えたって言ってるのを聞いたよな? それで、お前はどうして、そうなんだ」
自分が怒られていることは理解しても理由が納得いかないからか彼はきょとんとした顔を崩さない。かわいいのでシャッターチャンスだろう。手が林檎で汚れていたが気にせずカメラを構える。
「嫌がらせしてたやつが報復を受けていたっていう過去に勝利の宴会をすんの? さすがに過去の栄光を肴(さかな)にしすぎだろ」
「喜べって話はしてねえよ」
「残飯の捜査能力がいまいちで誤爆したなら俺のせいじゃないし、調べが正しかったなら嫌がらせへの自業自得だ。オレのどこに否があるっていうんだ。残飯がやりすぎたっていうならオレのさみしさの先制攻撃として正しい判断だ」
「康介のさみしさってなんだよ」
二人はまるでキスするような近さで見つめ合って話をする。
子供たちは食材をアルミに包んで焚き火で焼きだした。こういったキャンプ場の設備がなければ出来ない食べ方かもしれない。アレルギー食材があるか聞かれたので俺にも食べさせてくれるらしい。
「弘文に放っておかれた! 転校してくる理由になった怪我は残飯が原因だけど、オレが弘文に放っておかれたのもさみしかったのも原因は残飯じゃなくて転校生じゃん」
「転校生って言いだすと頭の中で誰の話か分からなくなるからやめろ。そもそも、あれは」
「オレのためとか詭弁だし」
目を細めたそいつは彼の耳元で「久道のためだろ」と囁いた。彼の顔には「知るか」と書かれていたが耳がくすぐったかったのか、誤魔化すように「へぇ」と相槌を打つ。
「いいや、もう、本人と話せよ。ヒナや久道の弟が来てるなら兄貴の方だって来てるだろ」
その通りなのでカメラのシャッターを押す手を止めて「いるよ」と教えてやる。
今日、あいつらが何かするとしたら夜中に彼を海に突き落とすか薄着で山の中に放置するぐらいだろう。
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