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「海問題 長女の中に刺さったトゲについて1」
番外:下鴨家の人々プラス「海問題22」のあと。
ヒナと弘子と久道との密談。
久道視点。
ヒナと顔を合わせて弘子ちゃんが口にしたのはカメラマンを頼んだことだけじゃない。
彼女はやはりどうしようもなくヒロの子供なのだと思った。
「大人は、自分が通り過ぎた場所だと思って子供のことを軽く見るでしょう」
瞳に宿る憤怒は彼女を彼女たらしめる。ヒロもそうだった。大人や社会への反骨精神に満ち満ちていたからこそチームの人間はヒロを信頼してついていった。反骨精神とは反社会的な行動じゃない。だから、チームの人間に地域の清掃活動をさせたり警察の協力をさせたり老人たちの介護活動をしたりといった社会貢献をさせていた。
社会や制度から弾かれた不良を不良品にしようとしなかった。ヒロの優しさは時に残酷だし、犠牲を強いることもある。
普通なら使い物にならない部品でも普通ではない使い方で役立てる。それがたぶん木鳴弘文。
冷酷だとか無慈悲だとか、そんなことはきっと誰も思わない。懐の広い我らのリーダーであるヒロ。
俺はずっと何が良いことがあるわけでもないのにヒロの世界を維持する手伝いをしていた。暇つぶしだっただけだ。
大学生がチームの人間関係をかき乱せば叩き潰しておいたし、ヒロの予定や想像の外側のことをするチームの連中も弾きだした。
特別、木鳴弘文に思い入れがあったわけじゃない。
俺には何もなかったから目的を持って動いている幼なじみの力になってやっただけだ。つかず離れずの腐れ縁。それ以上でもそれ以下でもない。
弘子ちゃんの中にヒロを感じて安心しながら淋しくもある。見ないふりをし続けている事実が胸に突き刺さってくる。
「子供の考えは取るに足らないと思っているんじゃないの」
俺は弘子ちゃんがヒナに何を言っているのか分からなかった。彼女がやりたいことは想像がつかない。康介くんが木鳴弘文のどこをあれほど愛したのかも分からない。
「あなたは下鴨康介に性的な興奮を覚えますか?」
「うん」
瑠璃川にも聞いたことをヒナにもたずねた弘子ちゃん。素直にうなずくヒナもヒナだ。サングラスにバンダナというやんちゃな見た目を裏切る「うん」というかわいらしい返事。
「下鴨弘文と下鴨康介が一緒にいる光景を見てどう思います?」
「安心してる」
ヒナの言葉に弘子ちゃんは力強く微笑んだ。ヒロが喧嘩を始めるときのギラギラとした目をしていた。
「コウちゃんにとってヒロくん以外はぜんぶヒロくん以外なの」
「知ってる」
「嫌じゃないの」
「いやじゃない」
静かなヒナの相槌にうなずいた弘子ちゃん。
ヒナに手を差し伸べて「おしえて」と口にする。
「コウちゃんをコウちゃんじゃなくさせようとするものがあるなら、それを悪意と私は呼ぶわ」
「悪意……、でも、そのでどころは」
「ヒロくんだというのなら二人の子供として私が否定いたします。ヒロくんにあるのは無関心さだけ。デリカシーだってないし、ないない尽くしでも、コウちゃんへの執着はたっぷりだから構いません」
よくわかっていると驚くが納得もする。ヒロの無関心さを知っているからこそ弘子ちゃんはこうまで生き急ぐように精神を早熟させる。そうでなければ康介くんが救われないからだ。
木鳴弘文は知らない。
愛の言葉を知らないし、愛ゆえの自分の行動の余波を知らない。
「ヒロくんが家に帰ってこなかったことがあるの。一度もそんなことなかったのに」
言われて連想するのは自分が火炎瓶を放り投げた事件だが、物心つくかつかないかの弘子ちゃんが覚えているとは思えない。
「原因を知っているでしょう」
ヒナが人格破綻者とはいえ、幼い少女に言えるはずもない。きみの父親は酔って前後不覚になったのか、薬を盛られて意識不明なのか、真偽はともかく精子狙いの男女に拉致られましたなんて冗談にもならない。
康介くんを孕ませたのだから自分だっていいじゃないかと叫んだ女の醜悪なこときたらない。男でも良かったなら一晩でいいと懇願する男の気持ちの悪さは異常だ。
燃やし尽くしたいと俺が思っても仕方のない地獄絵図。これはヒロの放し飼いの結果なので自業自得だが、同時に俺のせいでもある。ヒロが不穏分子を放置しているのは俺の暇つぶしのオモチャ作りでもあった。俺の居場所をこういう形で作っていた。
木鳴弘文というのはそういう人間だった。使えない不良品をゴミだしする仕事を俺に与えてくれていた。普通ならどうかしていると思うかもしれない。俺とヒロの関係はおかしいかもしれないが、人生に目標も楽しみもなかったのだから仕方がない。
本当に欲しいものは何一つ手に入らない。
だから、擬似的な居場所に甘んじる。
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