115 / 192

番外:下鴨家の人々プラス「海問題36」

下鴨弘文視点。   「味覚壊れてるかチャレンジャーかと思ってたけど、違うんだよな。オレが渡すと全部処理してくれるから、そういう係の人間だと思ってて、礼を言わないで悪かった」    過去の自分を反省していたのなら一歩大人になったのかと思うが、ヒナを変わらずに残飯呼びするとなると矛盾する。いや、康介の言葉通りならお礼の言い忘れだけを謝っていて、自分の当時の言動自体は反省していない。キレたヒナにカメラを投げつけられてもおかしくない康介だが、自体はそれどころではない。どうやらサングラスの奥でヒナは泣いている。    康介に対してハードルが下がりすぎて元々おかしい頭がもっとおかしくなったんだろう。あわれんでいる俺の気配を察したのかヒナが林檎を手に取った。確実に投げつけてくる流れだが康介が空気を読まずに「ジュース作って」とねだる。    カメラを置いて食材の近くにまとめられていたグラスをとって用意されている簡易な流しの方に歩いていく。康介もその後ろをついてくので流れで俺も後に続いた。    母方の親戚筋が由来らしいヒナの常人とはかけ離れた握力。本人にとって口にしないがきっとコンプレックスなものを康介の望みのままに見せつける。常識のない康介は人の握力でリンゴジュースを作ることに違和感を覚えない。   「やっぱリンゴが絞られてるの見ると百パーセントジュースって感じするな。瓶に入って売ってるのちょっと嘘っぽい」 「お前が氷を入れてる時点で百パーじゃなくなったけどな」 「弘文だってぬるいビール飲まないだろ。オレもジュースは冷えてるのがいい」    勝手な言い分を口にする康介に軽くうなずき返すだけのヒナ。  未だかつて見たことのない借りてきた猫のようなヒナが切ない。  守りたい支えたい助けたいなんて一瞬も思わないが普通のヒナの言動を思うと悲惨だ。   「ヒナに対して多少の情があったんなら、もっと相応しい態度があっただろ」 「たとえば?」 「友達になるとか、か?」    今というより昔の話だ。俺たちの陣営の中にヒナがいたなら多少の内輪もめはどうにでも処理できた。久道と俺が殴り合っても笑い話でしかないのと同じでヒナのキレっぷりも問題ないレベルに落とし込めたはずだ。   「友達は女がいっぱい出来たからいい」 「そういう言い方すんなよ。女っていうかママ友だろ。用途が違う」    弘子から「友達に対して用途って、ヒロくんのが違う」と鋭い指摘が飛んできた。康介は「ママは女じゃないっていう差別発言」とズレたツッコミ。話を脱線させる天才か何かか。   「ヒナが久道の兄貴を病院送りにしたって話しただろ」 「だから?」    嫌そうな顔をする康介は自分が当事者である自覚がない。直接的に手を下さなくても流れを作った康介に罪がないはずがない。誰もが康介に面と向かって言わないので俺が言わなければならなくなる。   「お前がヒナを無視してなければ久道の兄貴は怪我しなかったって言ってるんだよ」 「それは違う。結果として生け贄の役割としてお前らが落としどころにしただけで、俺はアイツを叩きのめす理由があった」    淡々とビックリするほど静かにヒナが口を開く。他人と会話を拒絶するように「あ?」とか「はあ!?」と柄の悪い威嚇をすることがないのは康介がいるからか。   「たのまれたから」    こんなタイミングで俺の知らない事実を出してもらっても困る。    学生時代というあいまいになりそうな昔のことだが、鮮明に思い出せる。  久道の兄貴がヒナに襲われたという連絡に仲間たちはみんな動揺した。ヒナがいずれ爆発すると誰もが思っていたからだ。ヒナに話しかけられても延々と無視する康介。不思議と康介自身を攻撃することはなかったが、ヒナもヒナのストーカーともいえるキレたやつらも俺たちを攻撃してきた。    俺の会社に入ってしばらくしてからヒナに聞いたところ、俺の使いを名乗るやつらが康介を襲うようにヒナに働きかけたらしい。つまりヒナの俺たちへの攻撃は康介を敵視する人間への個人攻撃。ヒナの取り巻きはそこまで事情を知らないので俺のチームと揉めていると解釈した。    ヒナが康介に食い下がるようにしていたのを見て反射的に殴り飛ばし続けていた俺にもすこしばかりの責任はある。無意味にチーム同士の対立をあおってしまった。    だから、ヒナが自分の周りにいるやつらが動かないように俺のチーム内でそこそこ重要人物だと認知されている久道の兄貴を衆人環視のもとで病院送りにしたんだと思った。闇討ちではなく正面から堂々と向き合ってヒナは久道の兄貴をボロ雑巾にした。    見舞いに行った病院で久道の兄貴は「これでみんなが平和になるなら」と言って笑っていた。退院後の不幸も含めていろいろと申し訳ないことになった。康介が気に病まないように俺たちに口止めまでしていた。久道は義理とはいえ兄貴の変わり果てた姿にしばらく荒れていた。    内情を知らない人間からしたら康介に袖にされた腹いせに包帯を巻いて目立つ格好の久道の兄貴をターゲットにした頭のおかしい暴力的な人間の犯行だ。ヒナを多少なり知っている俺からすると康介の態度にキレた苛立ちと周囲へのパフォーマンスの一挙両得として久道の兄貴をボコったんだと思った。    暴行相手に久道の兄貴を選んだのはヒナの気まぐれか目立つ見た目が理由だと疑っていなかった。  その前提が覆される。   「たのまれたって、誰にだ」    頼まれたからといってヒナが動くわけがない。実際、康介をどうにかする依頼をヒナは蹴っている。  ヒナの視線が康介に向く。  いや、その奥で弘子と話している久道だろうか。    

ともだちにシェアしよう!