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「海問題 久道にとっての現実と真実3」

「家族みんなで食べてるんでしょう。だから、僕もおにいちゃんとして参加させてもらいたいなあって」      穏やかな微笑みは悪意に満ち満ちている。同時に善意のかたまりであるから手に負えない。気持ち悪くて吐き気がしてもヒロに対応させるわけにもいかない。俺たちの役割分担が壊れてしまう。すでに崩壊しているのを見ないふりを続けている。  木鳴弘文はもういない。  ヒロは下鴨弘文であって、向う見ずに振る舞う木鳴弘文ではない。    自分のことを自分で対応する大人に俺こそがならなければいけないのに出来ていない。  だからこそ、ヒロは俺を見捨てられずにそばにおいている。  昔の約束を律儀に守り続けているバカみたいな義理堅さ。    子供に嫌われても怒られてもヒロはきっと俺を責めない。  女々しく俺が何かを言ったとしても「お前を信じたのは俺だ」といつものように口にするだろう。  父や兄がいたのならこういう存在なのかと思う一方で、こんなやつと家族になるのは死んでも嫌だと下鴨一家に同情する。     『あなたは下鴨康介に性的な興奮を覚えますか?』      弘子ちゃんが瑠璃川とヒナにした問いかけ。俺にはされなかったもの。  物心ついたころから顔を合わせているので今更だと思ったのか、聞くまでもなくわかるからか。     「弟はひー君に怒られるのが嫌だって出てこないんだけど」 「……あぁ、包帯にいさんか。そのうさんくさい言い回しとか変わらないな」 「あはは。やっぱり、包帯ないとわかってくれないんだぁ。ショックだなあ」    たいしてショックでもなさそうに笑う。   「久道さんにメチャクチャ嫌われてるっぽいのにすごい根性してるな」 「えぇ? ひー君とは仲良し兄弟のつもりなんだけどなあ」 「それって弘文がよく言う、お前が思うならそうなんじゃねえのってやつかー、うんうん。わかった」 「コー君ひどいよぉ。むかし結構仲良くしてたと思うんだけどなあ」    唇を尖らせる中年男は気持ちが悪いだけだ。いくら未だに中性的なところがあっても、そろそろオッサンと言いたくなる年齢なのだから、仕草が昔から変わらないのは問題しかない。   「包帯にいさんってオレのことわりとどうでもよかったでしょ」 「うーん? なんで、そう思うの」 「久道さんの反応しか気にしてなかったから。今も昔も?」    康介くんは見ていないようで見ている。  見ているようで見ていないヒロとは逆だ。  ヒロの場合はあえて見ないで俺に「見てろよ」と任せているのでまた別の話だけれど。   「それなら別に怒ってないよね」 「なにが? ですか」    誰なのか分かったからか、康介くんが言葉遣いを微妙に直してきた。  ヒロが年上にはきちんとしろと何度となく言ったのが時々成功している。   「こうして僕が来たこととか、高校の時に転校して来たたこととか、ヒナちゃんに殴られちゃった理由とか」 「怒られることした自覚あるんですか」 「ないんだよねえ。でも、ほらひー君がお前を殺すって顔で僕を見てくるでしょう。悲しいねえ」    まるで悲しんでいない顔で笑っているのが不快すぎる。   「そういうところじゃないですか。弘文は兄弟のことは兄弟で勝手にやってろって思ってるけど、オレと娘は居るなら居るで立場をわきまえろよって思ってますけど」    口の中にまだジャガイモが入っているのか弘子ちゃんがピザ前に戻ってきた。  もぐもぐ動いているくちびるの端にケチャップが見える。結局ヒロからケチャップのかかったジャガイモをもらったんだろう。   「弘子ちゃん、ケチャップついてる」 「ヒロくんのように舐め取りたいという願望がだだ漏れ?」 「いえいえ、レディにそんなことはいたしません」    ティッシュを渡そうとするとくちびるをぺろっと舐めた。  逆側だと弓鷹くんにツッコミを入れられて「知ってる」と言いながら袖で口元をふく雑さはヒロが何度かやっているのを見たと懐かしくなる。  気を抜くべきじゃなかった。見ると笑みを深め、弘子ちゃんに酒を持っていない方の手で触れようとしている。   「私が誰でも彼でも撫でられるような安い女だと思っているなら大間違いっ」 「うちの弘子はいつでもお高く留まってるから、悪いな」    ヒロが酒を受け取りながら弘子ちゃんをなだめるふりをして「それは悪口っ」と怒らせた。  弘子ちゃんの空気の入れ替え方はヒロゆずりなのかもしれない。    ヒロの視線は「気にすんな」と言っているが、気にしないわけにもいかない。  このまま放置したら、いろんなものを台無しにしすぎる。    

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