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「海問題 久道にとっての現実と真実5」

   たとえば、康介くんへの悪感情。  勝手すぎると誰もが思う、ヒロだって思っていた。  実際、誰が見てもやりすぎだった。  他人を押しのけてヒロの隣に居ようとするのは非常識で自分から攻撃される隙を作っている。  集団の中での不協和音になれば排除したがる人間が出ても不思議じゃない。    そういう人間たちが集まって不満や毒を吐きたくなるのは大人だって子供だって同じだ。  その中でそいつは悪意を肯定していく。   『あいつは勝手すぎる』 『そうだね』 『あいつはみんなを舐めてる』 『そうだね』 『ヒロさんだってあいつに迷惑している』 『そうだね』 『リーダーのために俺たちが何とかしないと』 『そうだね』 『ヒロさんはみんなのヒロさんなのに』 『そうだね』 『あいつが独占していい人じゃない』 『そうだね』      ただ相手が吐き出す不満を肯定した。康介くんがお前たちを嫌っているなんて嘘を一度として吹きこんだりしない。吹き出す愚痴にうなずいたのだ。アレは事実ではないことを口にしたりしない。そんな分かりやすく人を動かしたりしない。     『君がそう感じるならきっとそうだよ。君は正しいよ。君を怒らせるものが悪い。君を悲しませるものが悪い。君の気持ちは間違ってなんかない。君の感じるものが真実だ』      十代の多感な時期の肯定されたがっていた少年少女にこれほど甘く優しい言葉はない。    本当は自分の感情がどこか八つ当たりや嫉妬にまみれていたと分かっていたかもしれない。それなのにチームという集団の中でヒロにも信頼されていそうなアレに背中を押されるように励まされたら、自分の中にある憎しみや悪意や不満を育たせていくだろう。そうすることが正しいのだと言われたのだから、視野を広げることを捨て、相手を理解しようと思うことを諦める。    元々が康介くんがこちらに心を開いていないのだからと罪悪感は軽減され、なんらかのリアクションをとるハードルは下がる。正しいことをするのは気持ちがいい。人を批難することすら、自分が正しい場所にいると思えばこそ思い切り罵れる。相手が悪いという前提がある。自分の言動は相手が原因であるのだから、何を口にしても、どんな行動をとっても間違っていない。    自分の中から湧き上がった感情だと心から信じ込んでいる彼らが気持ち悪かった。   『ヒロのことは一番俺たちが分かってるなんて、俺を前にして言うなんて良い根性してんなぁ、バカが。  見て分かんないのか、見たくないから分かんないのか知らないけど、物事には優先順位がある。ただそれだけのことだ。  どこから見ても天使的なかわいらしさを持つ康介くんを優先するだろ、お前らよりも!!  人間の分際で天使と同じ立場に立てると思ってんのかよ。どんだけ偉いつもりだよ。  自分が抱える不安をヒロに押しつけて解決させたり、ヒロと同じ空気を吸ってヒロに近づいた気になって思考停止するやつら、お前らみんな気持ち悪いんだよ』    ヒロの人を信じようとする気持ちみたいなものが俺のどこかにも眠っていたのかもしれない。  ずっとヒロと一緒にいたのなら分かるはずだ。そんな、いつになく熱い気持ちに突き動かされていた。  俺ほど一緒だったわけじゃなくても、ヒロを知っているなら他人と下鴨康介との扱いの差がどれだけのものなのか、分からないわけがない。ヒロが特別だと思った相手を排除しようとするのは自分がおかしさからだと気づくはずだ。  

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