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「海問題 久道にとっての現実と真実7」

  「そういうところじゃないですか。弘文は兄弟のことは兄弟で勝手にやってろって思ってるけど、オレと娘は居るなら居るで立場をわきまえろよって思ってますけど」      康介くんの言葉は俺に向けられていたわけじゃないのに酷く痛かった。  ヒロの優しさに甘えている俺こそが異物なのは分かりきっている。    高校のとき、転校してきたアレがおそろしくて親衛隊なり都合のいい相手の部屋をはしごしていると、風紀委員長をやっていた義理の弟が生活態度を注意してきた。風紀なのでこういうことはたびたびあったので聞き流していると康介くんが生徒会室で一人で仕事をしていると教えられた。    いくら優秀でも一人では無理があると駆けつけて手伝うことにした。楽しかった。康介くんがヒロのオマケのその他ではなく、俺という人間に焦点を合わせてくれた。酷く充実した時間は重苦しいものに変わる。    康介くんと結婚するつもりだとヒロが言って俺はそうなるだろうと半分以上安心していた。泣いていた康介くんを思えばヒロの選択が一番正しい。俺があの手をとることがあったのだと思える気持ちになれるほど近くにいることができて、それだけで十分だ。    まるで種明かしをするように「よかったね」とアレが声をかけて来なければ、俺は今のような生活を送ることはなかっただろう。   『コー君がひー君を誘惑したって聞いたよ。よかったねえ。一生の宝物だね』 『……何が言いたい』 『おにいちゃんとして一肌脱いだ甲斐があったなあって。だって、生徒会室にコー君が一人でいたから、ひー君との距離が近くなったんだもんねえ。それはほらほら、ひー君のおにいちゃんがヒロやみんなに「勉強教えてー」とか「入院しててゲームできなかったから」って言えば「仕方ないな」ってなるからね。ヒロとかあれで真面目だから身体が痛いって言えば嘘でも付き合ってくれるからね。ヒロが付き合えばみんなも付き合うし、ね』  このいやらしさは言葉で説明できない。ヒロが許容する甘えのラインを見極めた上でのバレていい嘘。バレることが前提の嘘。ヒロなら仕方がないと思ってくれる予想を立てた上で動いている。    きっと俺がもっと賢かったなら、きっと俺がちゃんと考えていたのなら康介くんが泣くことはなかった。  その余地を残した上での穴のある言動だったのだから。 『ホントはコー君を孕ませたかった? あぁ、そんなことをしたらヒロと一緒に居られなくなるから、ひー君としてはダメなのかな。むずかしいね』  覆い隠した心の中に土足で踏み入り傷口に塩をすり込むのではなく、傷を広げるように指を入れてきた。 『おにいちゃん、超能力者じゃないからひー君の心の中を全部わかるわけじゃないんだよね。ひー君がどっちを取りたいのか分からないから、どっちにでもいけるような状態にしたんだ』  微笑みながら自分はいい仕事をしたと胸を張る。  ヒナよりも理解しがたい狂いっぷりだ。   『ヒロの役に立ちたくてヒロと何だかんだでおじいちゃんになるまで付かず離れず一緒にいるのか、恋愛に生きるために全部を捨てちゃうのか。どっちに転んでもひー君が喜んでくれるだろうって思ったんだ』  俺は自分からは動かなかった。康介くんが伸ばしてくれた手を完全に取る前にヒロが来てうばっていった。それに悔しさと安心を覚えていた。    俺はヒロを裏切れない。裏切りたくない。でも、もし許されるならと、どこかで思ってはいた。康介くんが望むならヒロに笑って謝って殴られていい。 『ヒロの真似っこするの好きだもんねえ。ヒロが笑ってると楽しいから、チームの人間に良い人でいてもらいたかったんでしょう。ヒロが怒ってると自分もムカつく気がするから暴れてみる。じゃあ、コー君が好きなのもヒロの真似っこ?』  投げつけられる言葉に心が穢される気がした。  自分の感情がヒロに引っ張られることが多い自覚はあった。  心の中に何か同じようなものがあってヒロの言動に「たしかにな」と返したくなる。真似ではなく共感していた。  ヒロの全部に共感できるわけじゃない。ただヒロの気持ちも淋しさも憤りも虚しさも同じものが俺の中にもあったのだ。  仲間や友達が何であるのか、ヒロと居ると分かった。  一人じゃないと思えた。居場所ができたと感じた。    ヒロを裏切るぐらいなら康介くんを天使として触れられない綺麗なモノ扱いしている方が気持ちが楽だ。  どうせ、康介くんからしたら俺でも汚い浮浪者のオッサンでもヒロでない時点で同じなんだから。 『ヒロが抱いた後ならコー君を抱きたくなるのかな。好きな子とお話しするだけで満足しちゃうひー君にはハードル高いかなあ。でもね、おにいちゃんだって男女関係なくエッチなことしてコー君を見ないようにする弟が心配なんだよ!』  おにいちゃん心とやらを力説されても気持ち悪さしかない。  俺への善意だけで他人を平気で踏みつけにしていた。  ヒロや康介くんを利用されることがないように離れて生きていこうとして失敗した。  

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