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「海問題 対峙してわかる退治の難しさ1」

下鴨康介視点。 「コー君、僕は何も悪いことをしていないよね」      気分的に先制攻撃をされた感覚になる時点で「悪いことをした」とオレは返事をした。仕方がない。だって、近づいたら自分は悪くないと言い出すから「オレはいま不快になった」と事実を伝えなければならない。    こういうことをいうと弘文が隣にいたら叱られてしまうけれど、何を言われても気にしないと胡散臭く笑っているのだから真心を届けるのも優しさだと思う。   「弘文から『俺は兄弟関係に口を挟まない』って二人とも言われてたんだよね? だから、空気感がギクシャクしている」 「康介くん、切り込んでくるね」    久道さんが余裕のなさそうな顔をする。困り顔というよりも今すぐに弘子を抱きしめてぐるぐる回りだしたいという顔だ。弘子もそういう扱いをされるのが好きなタイプだから好きなだけぐるぐるしてやるといい。深弘は三半規管が弱いのか揺さぶられるのは大っ嫌いだけれど、弘子はジェットコースターもマッサージチェアも好きだ。   「久道さん、弘子を背中に乗せて震えるのもいいと思います」 「ごめん……親切心かもしれないけど、羞恥プレイかな?」 「コウちゃんの目にはひーにゃんが生まれたての小鹿のように見えるってことね」  弘子が自信満々に話を脱線させた。 「生まれたての小鹿に人が乗ったら小鹿の今後はどうなるんだろう……」 「複雑骨折かな?」    久道兄も乗ってきた。まともに話す気がないらしい。ここに大人らしい大人は弘文しかいないんだろう。深弘を膝に乗せて寝かせている。オレが席を立ったら弘文が座っているので最初から自分のために会長に席を用意させたような気がする。弘文はそういうところがある。一石二鳥、一挙両得。損得勘定が一方向ではなく多方面に広がっている。    オレと結婚したときに木鳴のおばあちゃんの話をした。それは本当のことだ。  この前のオレにワガママを言っていい自由を与えてくれるための結婚だっていうのも本当。    弘文の言動は一つの意味じゃない。  いつも色んなことをしているからこそ弘文は現在過去未来前後左右上下と様々な方向を見ている。  その弘文がオレが昔のことを久道兄に話をつけに行くのを歓迎していて、基本的に久道兄を庇いだてるような発言を続けているということは思った以上に久道兄はヤバイ人だ。    久道さんの反応よりも弘文が相手をどう取り扱っているのかのほうが評価メーターがわかりやすい。     「弘文は人と人がいれば摩擦が生じるって言ってる。摩擦っていうのは引っ掛かりで、引っ掛かりが顕著だとトゲになって相手を傷つける」    あまりこういうことは口にしないけれど、攻撃的な態度ばかりとると弘子自身が反省タイムに入ってかわいそうなので親としてちょっぴりフォロー。  弘子の肩に手を置くと「やりすぎないようにコウちゃんに任せる。でも、必要になったら私は前に出る」と返された。オレに似ていると思っていたけれど、こういう冷静さは弘文ゆずりだ。オレが決着をつけるべきだと思ってくれているところも弘文と同じなんだろう。   「ぬめぬめして、ぬちゃっとした感じは気持ち悪いけど、弘文はきっと潤滑油って受け取るんだろうな。人と人とをぶつかり合せ過ぎないようにするために必要なクッション材。だから、弘文はあなたを悪く言わない」 「コー君も僕のこと悪く思っていないよね」 「いやいや、さっき悪いって言ったばっかりです。オレは意図的にマズイ飯を食べさせられたことを忘れてません」 「ヒナちゃんが食べていたんじゃないの?」 「残飯が残飯処理係として活躍したのは結果論であって、そこまで込みで計画したわけじゃないだろうし、そもそも計画もしてないはずだ」    久道兄は首をかしげて微笑む。  ここで笑うからこそ怪しい人間すぎる。   「囁きかけて不正を誘導して最終的に予定した範囲に現実がおさまったとしても自分の成果だと思うなんて恥ずかしいだろ。だって、それって全部、弘文がやってるんだから」    久道さんと弘子が「は?」「え?」と声を上げる。  この二人は久道兄と何を話すつもりで向かい合っていたんだろう。どうしてここで驚くんだ。  

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