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「海問題 一足早いエンドロールとして2」

 アレの言動をヒロは特に信じていない。  何をしても泳がせているのは、気に留めるほどの存在とも思っていないからだ。あらためて酷いと思いながらヒロらしさに安心する。騙されているわけでも乗せられているわけでもない。ヒロはいつだって変わらずにヒロのままだ。    ヒロはアレが事前に定めた範囲以外で行動しないと思い込んでいる。これは康介くんが俺と弘子ちゃんに「弘文は少年漫画の住人だから、オレたちが考えないと、どうしようもない」と言っていた。    敵であっても、信頼に足る人間じゃなくても、何故か信じる少年漫画の登場人物のようなところがヒロには確かにある。信頼にこたえる人間ばかりじゃないと知っていながら、ヒロはとりあえず信じることにしている。  疑ったり裏を取るのは俺の仕事だ。    卑劣な罠にハメられたり、後ろから襲われる日が来てもヒロの主義は変わらない。このヒロの性質というか立ち振る舞いを少年漫画の住人だからだと割り切る康介くんは、さすが康介くんだった。  ヒロに変わって欲しいと思ってはいない。  ヒロの正しさを嫌うことなく受け入れている。  ただ、ヒロに甘えてばかりだったり、ヒロを食い物にする奴は嫌いなのだ、俺と同じで。    ヒロはずっとヒロのままだ。それで俺も康介くんもいいと思っている。弘子ちゃんには思うところがあるようだけれど、この年まで一貫しているヒロの考えがこの先変わるとも思わない。    康介くんのおかげで出来た時間を家族に還元しつつ、地域ボランティアのカウンセラーなんかをやっている。以前から手を出していたらしい取り組みだというから、ヒロの康介くん以外に向けた優しさや愛情はだいぶ大きい。    引きこもりの中高生なんてものを相手にするなら俺の兄を名乗るアレなんか、ものすごい威力を発揮するだろうから、ヒロが重宝するのも分かる。ショック療法でも優しく懐柔するのでもお手の物だ。      ヒロにとって使える人間でも自分にとってはそうじゃないと康介くんは主張する。それもそれで正しいのだろう。康介くんはいくつかの選択肢を用意してあえて選ばせてやっていた。    どちらにしてもアレにとってのご褒美になるだろうヒロに恩を売りつける行動はほとんど出来なくなった。  最後の仕事のように康介くんが「人脈と人当たりの良さを考えると久道兄に頼むのがいいかなって」と言いながら遅くなった結婚式の段取りや招待客などをアレに丸投げした。    絶対に余計な火種を入れ込むだろうと思ったら初めて見るメチャクチャ悔しそうな顔で結婚式プランを提出していて驚きと共に別の恐怖に襲われた。どういう感情からあの顔になったのか気になるところではあるが、知りたくないのが正直な気持ちだ。    ちなみにヒロが何回もお色直しというかコスチュームチェンジをするという誰得仕様だったが、康介くんは大絶賛。実際の披露宴でヒロだけが複数着替えていた。康介くんとヒロフリークと喜ぶ康介くんを見て喜ぶ俺みたいなやつらは盛り上がった。    子供たちの目は死んでいた。     「おかしくないか? オレは頑張って、毎日働いてるんだから弘文はオレをもっと労わるべきだっ」 「お前は働いていた俺を労わってくれてたのか?」 「心の中では?」 「口に出して言ってみろ」 「さっさと仕事辞めればいいのに」 「労り? それが労りか?」      ヒロが康介くんの頬っぺたをつねる。  年がら年中新婚という本来なら羨ましい状況だが子供たちの目が死んでいる。  毎日のやりとりになれば、うんざりしてくるのは仕方がない。   「らって、ひたい、いたいっ」 「なに?」  白い頬っぺたが赤くなっている康介くんはかわいい。  ヒロはつねるのをやめて頬っぺたを撫でた。 「弘文はもっとオレに構うべきじゃん? 社長のおかげで業績アップだ、わーいとか。オレを持ち上げまくって自社ビルの中に銅像とか建てていいぐらいだ!!」 「銅像になりたいのか?」 「べつに像はいい。弘文のは欲しいから作ってもいいよ。上半身だけでセールで百万円前後で出来るって」 「いらねえよ。結局、何が言いたい」    康介くんはヒロを分かっているようで分かっていない。   「オレに優しくしてよ!! つ、妻だしっ」 「どんな風に、どうやって?」 「え? えぇ……」  狼狽える康介くんの耳元で「いくらでも、はしてやるけど?」と囁きかけるヒロはスケベ親父だ。  だが、康介くんが照れたり子供たちの目を気にしたりするのを見たいためだけに康介くん以外の全方位の人間に優しくするヒロはスケールが違う。    康介くんをもてあそんでいると弘子ちゃんは不満気にヒロに対する報復活動を企てるけれど、深弘ちゃんは拍手したり頷いていたりする。鈴くんは相変わらず首をひねり、弓鷹くんは呆れる。    下鴨家のいつもの空間というのは何があっても二人の仲が変わらないところにあるからこそかもしれない。     ------------------------------------------------------------------------- サブタイトル通りに「一足早いエンドロールとして」なので、一足早い一区切りな内容になっています。 次回からは「海問題 下鴨康介は誰より自己中心的だ」の続きとして、引き続きご飯食べたり、いちゃいちゃしたりのゆるい話や細かいことの補足やある人の視点とかが入ります。 今回で、転校生やみそ汁の話や久道側の問題に関して一旦終わり。 回収しきっていないネタなどもありますが、他の番外編や作中の数年後やファンボックスなどに話が散らばっています。 「海問題」のこぼれ話としてBOOTH( https://ha3.booth.pm/items/1132593 )でPDFを頒布しています。 サンプルとして一部抜粋したものをそのうち掲載しますので、興味があったら目を通してください。 この作品に限らずですが、 A視点から見て「Bはこういう奴だ」とあってもAが考えるBの姿なだけで、 Aが語っているのはBの実際の姿というわけではなく、他人が見るBの一面に過ぎないというのはよくやります。 AがBの言動を勘違いしていたり、勝手な憶測や深読みをしたりということもあるので、 読んでいる方を混乱させることもあるかもしれません。(仕様です) 実際はどうなの?と気になる人物やエピソードがあったりしたら番外編として掲載しますので気軽にお声をかけてください。 (そして、ファンボックス・BOOTHにて小ネタSS、こぼれ話、エッチだけの話を掲載することになりました)

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