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「海問題 長女にとっての問題は消え海は海になった2」
ヒロくんが誰かに時間を割くのが嫌だった。コウちゃんがそれを嫌っているからだ。そう思っていたのは本当なのに私の本音は別の場所にも隠れていた。
ヒロくんに私がやりたいことというシャボン玉が届いたのならすぐに実現する。思いついたもの全部なんてわがまますぎて自分でも呆れてしまう。全部を叶えたいわけじゃない。私は弾けて消えて誰にも届かないと思ったからこそシャボン玉をたくさん作った。
私が律儀にも順番待ちをしているのに家族でもない他人がわがままを叶えられているなんて知って怒らないわけがない。誰よりもまず先にコウちゃんで次に私で、その百人ぐらい後に回してひーにゃんの義理のお兄さんなりなら、まだここまで怒らない。
コウちゃんのことはコウちゃんにやらせるのがヒロくんの主義なのは知っているので、コウちゃんが泣いた苦しみや悔しさや切なさはコウちゃんがどうにかするのはそれはそれでいい。無神経なヒロくんに無神経だと言い続けるのは私の役目だ。
ヒロくんがコウちゃんを庇えば逆にコウちゃんがよく思われない状況に追い込まれることを私は知っている。
ヒロくんは人妻にモテていた。
モテすぎてどうかしていた。
さっさと話を切り上げればいいのに延々と保護者の方々に囲まれる。美人から地味まで容姿は関係なくモテる。恋とか愛とかの話ではなく雑談の盛り上がりが半端ではない。話の切れ間がない。終わったかと思えば別の集団に捕まるヒロくん。長男と次男と長女である私の別々の学年でそれぞれの親たちと付き合いのある顔広ヒロくん。
学校関係の人たちなので会話をするなとは言えないのだけれど、コウちゃんはイラっとして爆弾を落とすこともままある。
両親のどうしようもなさに直面すると私のシャボン玉はそもそもシャボン液のまま地面に水たまり状態。干上がるのを待つばかりになってしまう。
ありがたいことにひーにゃんが新しいシャボン液を作って吹くことを応援してくれる。だから、私はおにいの半分ぐらいは優等生でいようとしていた。
「ヒロくん」
私は見えない風船をヒロくんに投げつける。シャボン玉のように割れたりしない。ビーチボールの要領だ。
わがままの順番待ちなんかしなくていい。コウちゃんは周りを蹴り倒して、突き飛ばしてヒロくんに抱きついた。
ヒロくんはコウちゃんを避けることもなく抱きとめて平気な顔をしている。
大人だから順番を後に回した相手にはフォローを入れるのだろうけれど、ヒロくんはコウちゃんが来たらしっかりがっちり受け止める。手の中にあったものを放り投げるか誰かに預けてコウちゃんを取るのだから、私の怒りだって手からこぼれてしまいそう。
「私たちとひーにゃんは小屋でゆったりするのでコウちゃんとヒロくんはテントね。テントは瑠璃ドンに準備してもらっております」
「違うチームなのにか?」
「勝者である私が正義なのです! 小屋かテントのどちらかとしか言っていないのでこういうのも当然あり」
「ルールブック弘子の名は伊達じゃないな」
「いつからそんな二つ名がついたんだよ」
コウちゃんを呆れた目で見るヒロくん。
「あした、海に潜りたいの」
「……瑠璃川、ダイビングの機材とポイントは?」
「あります。子供用のものも、たぶん」
「たぶんじゃねえだろ。きちんと確認しろ。水中カメラはあるか」
「船にあったと思います」
「思いますじゃなくて確認しろって。……久道の兄貴が肩を落として去ってって暇してんだから連絡して確認してもらえ」
「ヒロ先輩……ひどすぎじゃないっすか」
「なにがだ?」
ひーにゃんの義理のお兄さんとコウちゃんのやりとりを見た上で負け犬状態の相手をこき使うヒロくん。瑠璃ドンには真似できない領域にいるのがヒロくんなのでした。
我らのヒロくんはいつだってある意味で鬼なのだ。
ひーにゃんがすごく安心した顔でヒロくんを見ているので私はこれはこれで、というものなんだと大人の世界に多少の理解を示すことにした。
今日は疲れたので明日の夜にひーにゃんに星座を教えてもらうことにする。
朝ごはんを食べたらひーにゃんの義理のお兄さんにお礼と嫌がらせをしに行こう。
今日のこの場は終わっても私の過去の怒りが完全に消え去ったわけではない。下鴨弘子はさっぱりあっさりしているヒロくんとは全然違って粘着質だとこの機会に魂に刻み込んでもらうのだ。
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