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「海問題 次男にとっての問題は復活する2」
今までずっとヒロくんはコウちゃんに自分を欲しがらせておくのが好きなのかと思っていたので気にしていなかった。
けれど、ヒロくんのいろんなものが無意識に滲む恐怖からなら動かない理由も分かる。
進んだら死んでしまうし変わってしまう。だから、ヒロくんもコウちゃんも変わらない。ふたりとも、自分たちを生かすための手段、自分たちが息をしやすい場所を知っている。そのことは理解してあげたいと思ってしまう。だって自分の両親だから。
俺はコウちゃんの味方だからこそヒロくんの味方でもある。ヒロくんの勝手さや下鴨の家の気分の悪さはあるけれど、俺の生まれた場所はここであって他じゃない。
木鳴のおばあちゃんがヒロくんの両親について語ったことはとても少ない。でも、コウちゃんが真剣な顔だったから覚えている。ヒロくんの過去の話はいつも楽しそうなのにヒロくんの両親についてのことはそうじゃなかった。
俺の中には覚えていても繋がらない情報がいくつかあり、それはふとした拍子に真実だという顔であたらしい形になって目の前にやってくる。
俺の考えが正しいのか間違っているのかなんてどうでもいいけれど、ヒロくんはだまし絵みたいだ。自覚的に矛盾している。コウちゃんがヒロくんは走り続けないと疲れるのだとおかしなことを言っていた。今ならそれが分かる。ヒロくんは途中経過でしかない状況を保存している。コウちゃんを振り回すことになるとしてもヒロくんに他の道はない。
「ヒロくんってコウちゃんを自分の一部みたいに思ってる……」
だから、意識的にコウちゃんを悪く言ったりする。自虐の一種なんだろう。その迷惑なコウちゃんへの愛し方を知っていたけれど、それは俺が思うよりも強くて重かった。
「自分の一部ってことはないけど、昔、ちょっと間違ったことはあるな」
「間違いって、なに」
「康介の強度を勘違いしてた」
精神的な話なのか、肉体的な話なのか分からない。けれど、俺が、二人の子供である俺の言葉をヒロくんは絶対に軽く考えない。コウちゃんの言っていることは聞き流すのに俺の気持ちを馬鹿にしたり茶化したりしない。
ヒロくんのこういったところは有り難い。
幼稚園や小学校で子供の話を聞かない大人と出会ってきたからこそ、ヒロくんの優しさは分かる。
ただその優しさはコウちゃんに向かない。コウちゃんが自分の子供ではないからだ。そしてきっと、恋人だと思ったこともない。甘い関係をコウちゃんが求めてもヒロくんからするとそれは胡散臭くて、いかがわしくて、信じるに値しないものだから、いらないんだ。
コウちゃんは必要でもコウちゃんが欲しがる関係が苦手なんてヒロくんにのしかかる矛盾はとんでもなく大変だ。投げ出したって誰も責められないものをヒロくんは爆弾みたいに抱えている。
「正確に言えば、材質、いや性質か?」
「……弘文、オレを何だと思ってんの」
「ダイヤモンド?」
さらっと口にするヒロくんにコウちゃんが「おぉ、やった!」と喜んだ後に「あれ?」と首をかしげる。
「ダイヤモンドは砕けないが粉々になるし欠けるし燃えるから万能じゃねえよな」
「ほめてるの? ねえ、弘文、オレのことほめた?」
「いいから、康介はリンゴを取ってこい。弘子が作った焼きリンゴが食べごろだろ」
コウちゃんを手で追い払うようにしてあしらうヒロくん。
俺と話すためとはいえ、ヒロくんに邪険扱われるコウちゃんに罪悪感が湧く。
「ヒロくん、指輪は」
「今日か明日か、どうするかなあ」
「いつでも、同じなのかもね。ヒロくんにとってもコウちゃんにとっても」
「同じってことはないだろ。式は季節を考えないと」
ぽろっと口にするヒロくんに「しぃー」と俺は思わず口の前に人差し指を立てて告げる。
周りにはきっと聞こえていない。
「ヒロくん、そういうのはサプライズで発表して」
コウちゃんは絶対に喜ぶ。ヒロくんの頭の中にそういったことがないと知っているからこそ、全力で喜びをかみしめる。
「弘子と深弘のドレス姿とか、かわいいよな」
メインを自分とコウちゃんじゃなくて子供にする気だ。
愛が足りないなんて言ったところでどうしようもない、いつもどおりすぎるヒロくん。
俺が出来ることがあるのか分からないけれど、この問題は近いうちにどうにかしなければいけない。
このままなら弘子ブチ切れが確実な大問題だ。
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