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「海問題 長男は問題に気付くことはない」
「海問題 下鴨康介は誰より自己中心的だ」の十分後ぐらい。
下鴨鈴之介視点。
話し合いが終わったらしくヒロくんの会社の人は去って行った。瑠璃川さんは残るようだ。弓鷹は不満気な弘子をなだめるように何か話している。
話題の中心になっていたような気がするヒロくんは深弘の寝顔にひとりで癒されている。
ヒロくんの会社の人なのにヒロくんが対応しないでいいのかとは思うけれど、コウちゃんがいろいろと決めて走り出している時にヒロくんは手を出さない。走り出す前には引き留めたり妨害はするのに最終的には他人事みたいでちょっと淋しい。
そんな俺の思いを打ち砕くようにコウちゃんはヒロくんのむき出しの二の腕に食いついた。
「弘文、途中から上着きてなかった?」
「ああ。俺たちの行った場所が意外に虫が多かったから瑠璃川に持ってこさせた」
それを今は脱いでいるヒロくんに速攻で気づくあたりがコウちゃんだ。
深弘の上に置かれたヒロくんの上着に「お父さん~」と笑いながら言うコウちゃんに珍しく「なんだよ」とヒロくんが照れた。
コウちゃんとヒロくんの会社の人が険悪なのは俺の思い違いだったのかもしれない。二人の楽しそうな雰囲気からは何のトラブルも感じられない。自分の二の腕に絡みつくコウちゃんに「重いからやめろ」と言いつつ振り払わないヒロくん。いつもの俺のふたりだ。
瑠璃川さんが用意してくれたテーブルの上にこれ以上、置きっぱなしだと焦げて食べられなくなるホイル焼きが並べられた。
悲しいことに結構すぐに冷めてしまうのか俺の魚は残念な感じになっていた。
でも、ヒロくんは美味しい美味しいと言って食べてくれる。こういうのがモテる男なのかと弓鷹は感心していた。弓鷹はモテたいんだろうか。
「香草あって下処理はされてるっぽいが味が薄いから自分で好きなのをかけろよ」
「魚には全部醤油をかける!」
「これは醤油バターだ。お前は全体的に塩しか選ばない食通きどりか?」
「天ぷらは抹茶のお塩っ」
「麺つゆときどき使ってるだろ。知ってるからな」
くだらない対決合戦で上位にランクインする食べ物に何をかけるのか論争。
たぶん、俺の家は調味料が多い。
下鴨の祖父母と木鳴の曾祖母があれこれと持ってきてくれる。
そのせいか俺と弓鷹の味覚は子供離れしてしまい弘子から「おじいちゃんの舌」と言われるようになった。
白和えが好きなのはそんなにダメなんだろうか。
「鈴之介くんは今日、楽しめた?」
瑠璃川さんが俺に聞いてくる。
弘子に振り回されっぱなしとはいえ、この場所の所有者であり、今後ここで商売をされていくのだから気になるだろう。
「来年にお金を出してまた訪れたいです」
答えてから予約がすごいと聞いた気がしたので「閑散期でも、再来年でも」と付け足した。
疲れていたのか瑠璃川さんは瞳を潤ませて地面に座り込んだ。
「こんないい子があのふたりから生まれてくるなんて……」
背中の丸まっている瑠璃川さんはヒロくんの「おい」の一言で背筋を伸ばして動き始める。大人って大変だ。久道さんを見るとなぜか弘子を抱き上げてヒナさんに写真を撮ってもらっていた。
みんなそれぞれでこの時間を楽しんでいるのでここに来たのは成功だった。
少なくとも俺はそう感じた。
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