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「海問題 下鴨康介の要求」

   テントの中が暑いのはオレが熱いからか、弘文のせいなのか。   「セクシーなオレに負けた弘文は見事に勃起したわけです。このストッキング好きめっ」 「ストッキングを変な使いかたしだしたのはお前だ」    そんなことを話した記憶があるようなないような。  昨夜の記憶はおぼろげだ。  いや、完全にない。  記憶喪失だ。  ただ弘文がタイツよりストッキングが好きだと知った気がする。  厚手の生地より透け感がある布地が好きなのは昔から知っていた。  同時にオレに薄着を許さないのも弘文だった。  弘文は適当なことも多いけれど、こだわる部分はとてもこだわる。そして、何がこだわりなのかを語らない。    オレがくみとってあげないといけない。どうしようもない弘文だ。    オレが落ち込んだり、ふさぎ込んだり、絶望したりとのた打ち回った理由として洋服に関しては少しある。  弘文がわざと自分の好みではない服をオレに着せているという思い込みが何だか心を締め上げていた。  薄着だったり露出が多い方が好きなくせに弘文はオレに服を着せる。着せまくる。着こませてモコモコに仕立てる。    中学のころは透け透け衣装ではなくてもオレが魅力的だから弘文はそれで満足なんだろうと気にしなかったかもしれない。オレがどんな服を着たところで、オレの魅力が損なわれるわけがないと胸を張れた。    弘文好みの服でアピールするまでもなく、誰よりオレが最高ならば、あえて弘文の好みに寄せる必要もない。  そう、中学の頃なら思えていた。  そしてきっと、弘文も中学のオレを基準にして下鴨康介という人間を考えていた。    オレに服を着せまくる弘文に対して、自分に興味がないから自分の好みじゃない服を着こませるのだと絶望していた。  弘文に被害妄想だと言われるのも無理はない。  素直に弘文がオレを抱きしめたくなったりする効果がある服が欲しいと言えばよかった。そう思えずにひねくれてしまった理由はきっと一緒にいることに意味が欲しかったからだ。家族という枠の中にいるから一緒にいるんじゃなくて、オレが魅力的で離したくないから一緒にいるんだと弘文が言葉か態度にすれば一発解決していた。    弘文からするとそれが婚姻届や指輪だったのかもしれない。    今はもしかして脱がせるのが好きなのかと弘文の趣向を考えるが、証拠はない。  けれど、オレに着こませていた理由が弘文自身が知らない好みに動かされていたとしたら納得できてしまう。  脱がせる過程が好きだから服を着こませたとするなら、若干の厚着も我慢できる。    ただ決定的な答えはまだ見つけていないので俺はちょっぴり困る。  ちゃんと弘文の趣味を把握して管理していないと変な相手に弘文が騙されてしまう。    弘文は笠じぞうや鶴の恩返しのような話が意外と好きで、かちかち山や猿かに合戦で微妙な顔をする。    血の気の多い人間をまとめていても弘文本人が血気盛んなわけじゃない。   「朝露にキラキラしてる」    テントから顔だけ出して外を見るとちょうど視線の高さの枝と枝に蜘蛛の巣を見つけた。  笠じぞうや鶴の恩返しが好きな弘文だけれど、一番はきっと蜘蛛の糸だろう。    中学の頃に芥川龍之介の文庫本を読んでいた弘文に言ったことがある。  蜘蛛を助けた程度で地獄から脱出する救いを与えるなんておかしい、と。  弘文は笑って「そんなことないだろ」と言った。それは弘文の優しさなんだと思っていたけれど、実際はどうなんだろう。   「寒いから勝手に離れんな」    寝ぼけているのか弘文がオレを引っ張りながら押し倒す。  背中が痛くてビックリする。  昨日ずっと弘文は気を使ってくれていたのだ。  オレが痛みを感じないように体勢を工夫していた。   「糸が切れることを知っていて糸を垂らすのは意地悪だって思ってたけど、糸がなければ糸が切れるっていうことも思いつかないんだ」    地獄から救ってくれる蜘蛛の糸。  けれど、みんなが糸に群がって糸は切れてしまった。  ゆっくりと一人ずつ糸で上を目指すなんて地獄に落ちるような人間は考えられない。思いつかない。だから、蜘蛛の糸は嫌味な気がしていた。糸が切れると分かった上で登ってみろと無茶なことを言う。    学生時代に弘文の周りにいた集団の一部は蜘蛛の糸に群がる亡者のようだった。  救われたがっていた。  弘文から助けられる癖がついていた。    これに関してはオレが異議を申し立てても弘文からお前も同じだと指摘を受ける。  オレが絡まれて弘文が助ける構図はよくあったので反論できない。  でも、弘文を助けたり、救い上げたりはオレしかできない。   「ふぎゃっ!!」 「猫が不意を突かれた声か」 「オレが膣を突かれた声だ」 「んー?」    寝ぼけた弘文に挿入されるという一度としてない驚きの事態。   「仕方ねえよ。なんか入れときたくなった」 「クズみたいな言い分」 「五分待て。たぶん萎えるから」 「それはそれでムカつく。オレに突っ込んどいて萎えるなんてありえない!!」    弘文のモノがオレの身体に馴染んでいる気がする。夜中に相当、オレの中を出入りした疑惑があるが弘文は寝ぼけたままオレに伸し掛かる。ハッキリ言って重い上に背中が痛い。膣は丈夫なのか夜の残り火なのか濡れていたようで痛みを感じない。   「萎えさせるって言ってんだから締めつけてくるな」    頭をポンポンと軽く叩かれる。  腹部に力を入れたつもりはないが、弘文から苦情が来た。   「入れたまま出したらどうしてくれんだよ」    どんどん自分の中で大きくなる弘文を感じるので苦情はオレが言うべきだ。  弘文が気遣いなくオレを圧死させるように押しつぶしてきて苦しいのにどこか嬉しくて笑ってしまう。    昨日のことを覚えていないけれど、それでもいい。  べつにいい。  昨日のことが今のオレに欠けていてもいつかまた同じ場所に辿り着く。  オレはオレなのでオレ以上にはなれなくても、オレが考えつけたことなら知ることになるだろう。   「出したいなら出せばいい。その責任は弘文がちゃんと、とればいい」 「責任とるってなんだよ」 「……あっ、あぅ、なんで腰を動かしだしたっ」 「責任ってなんだよ、責任って」    腰の動きは緩くないのに言葉がどこか上の空の呟きなので、寝ぼけている。夢うつつの会話かもしれない。寝ているくせにガッツリとオレを抱え込んで腰を動かすあたり弘文はスケベてエロい。   「責任って……そのまんま。こどもができたら」 「子供が出来たら育てるのは責任でも義務でもない。俺が勝ち取った権利だろ」 「勝ち取った?」 「俺は、お前に俺以外の子を産ませたりしねえって言ってんだよ」 「弘文が? オレがじゃなくて」 「康介の気持ちがどうであっても、だ。俺が子供を欲しいからでも、お前が子供を欲しいからでもない。俺がお前に誰かの子を産ませないためにこうしてんだよ。俺の精液は全部、お前を受精させるためにあるんだよ」    確実に寝ぼけているとはいえ、これは弘文の本音だ。  ずっとそう思っていたのだろう。    知らない、聞いてない、分からなかったと叫ぶ前に「俺の子ならいくらでも産め」と耳元で囁かれて、両性という自分の体を肯定的に受け入れられていると知る。    百戦錬磨だからと久道さんの前でオレは自分の下半身を晒したことがある。  これ見よがしに膣を見せて種子を貰おうとした。  それは弘文によって妨害されてなかったことになったけれど、あの時に弘文はオレの身体を見て「気持ち悪いっ」と吐き捨てた。弘文のいつものノリとしての暴言だと意識の底に埋めていた。でも、拒絶は悲しかったのだ。下鴨の両性である自分というものをオレは受け入れている。オレが受け入れていても、弘文が受け入れてくれないことを想定していなかった。  だから、あの「気持ち悪いっ」という言葉はオレの中に突き刺さっていた。自分でも自覚していなかった傷が弘文によって甘い痛みに変わる。    自分の子供を産まないオレが気持ち悪いと思うなんて、弘文はやっぱり弘文だ。言葉が足らない。  弘文が我に返ったらオレを甘やかすように要求しよう。だって、弘文の言葉で妊娠した気がする。    

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