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番外:下鴨家の人々 「長女は未だに○○を知らない?2」

 食べ方が下品だとか独創的だとかそういう話じゃない。  ヒロくんはときどき肉まんの皮についたあんこという似非あんまんをコウちゃんの手から奪って口にしていた。  これは暴君なのだろうか。  コウちゃんはなぜかちょっと嬉しそうにしていた。   「肉まんとあんまんの皮を分離させること自体もどうかと思いますが、結局合わせんのかいっていう驚き」 「たしかにツッコミどころがあるかも……」 「ひーにゃんのご様子ではありそうなことだとお思いか」 「うん、まあ……。食べやすい皮を食べておいて、あんまんを放置したって言ってもヒロは餡が嫌いじゃないから康介くんが皮に餡をつけて食べてたら、ヒロも食べるかな? ほどよく冷めていただろうし。康介くんとしてはヒロが自分のあんまんに食いついて嬉しかったんじゃない」 「二人の心境を説明されたところで特に納得もしないまま時は過ぎる」 「あ、わからないか……」    言い方を変えようかと思案するひーにゃん。  お雛様はテーブルに置かれたペン立てからボールペンを私に見せる。   「これ、線がガクってして好きじゃない。書きにくいのでボールペンは苦手です」 「シャーペン?」 「そうですね。これはいいものです」    ペン立ての中にあったシャーペンを見せるお雛様にうなずくとポケットから一本のペンを取り出す。  何かと思えば「あげる」と言われる。  気の利いた男が何をくれたのかと私はメモ帳を取り出して下鴨弘子と自分の名前を書いてみる。   「よい書き心地でございます」 「うん」 「こちら、ボールペンですね」 「そう。こういうこと」    なにがだとツッコミを入れないだけの頭は私にもあります。   「お雛様が私を喜ばせたい気持ち、しかと受け取った」 「うん」 「ひーにゃんは知らないところで連続猟奇殺人犯でも、あー、そうかもってなるけれど、お雛様にその疑いがないのも分かり申した」 「分かんないで!? なんで、ヒナっていうか、俺が!? えぇ!!」 「肉まん二個、あんまん二個じゃないあたりが気になる名探偵弘子」 「ヒロが四つは多いって言いそうだなって」 「コウちゃんが食べる分を適当に勘定に入れて三個という答えを出す謎の行動」 「謎かなあ」 「ひーにゃんはヒロくんがお腹を空かせていて、コウちゃんは特にお腹を空かせていないことを見破っていた」 「そうだね?」    自分の行動の何が問題なのか気づかないあたりがひーにゃんのひーにゃんなところだ。  問題は何もない。   「人の分を勝手に取っちゃダメでしょ」 「ヒロじゃなくて康介くんもだけどね、それ」 「コウちゃんもとりますが、あれはヒロくんが分け与えないからです」  ヒロくんはとっちゃダメ、コウちゃんはとってイイ、そんなことは言いません。  ただ、ヒロくんは私たち子供に分けても自分からコウちゃんに半分あげることが少ない。本当に少ない。   「そっかぁ、そうなんだけど……うーん」 「ひーにゃんの意見も分かる。コウちゃんが禿鷹のようにやってくるからヒロくんが与えないと言いたいのかもしれない。それも一理あるのです」 「ヒロは別に意地悪してるわけじゃ……してることもあるけど、康介くんが自発的に食に目覚めるとかがないなっていうのがヒロにしてみればあるからさ」 「食に目覚めるとは何ぞよ」 「食べるのが嬉しいとか楽しいとか、好きなオカズとか」 「コウちゃんはないのです?」 「少ないかな? ケーキ屋通いも会社の近くのところで続いてるけど、甘いものが特別好きってわけでもないみたいだから」    毎日一種類ずつ頼むというルーティーンが楽しくないのに続くなんてコウちゃんは僧侶なんじゃないだろうか。  けれど、よくよく考えると真っ白のパズルを作り続けたりするコウちゃんは祈りをささげる神官気質なのかもしれない。  結果や成果として目に見える何かがなくても出来てしまうというのはどこか機械的だ。   「自分の口に入れるか入れないか、舌で味わうかどうかは関係ない」 「お雛様、それはお酒飲めないのに飲み会に参加する人の言い分?」 「そういうようなものかな。……重要なのは誰と食べるか、誰が食べるか。それさえ満たされていれば何を食べるか何を食べないかは問題にならない」    聡明なる次男が口にする「ヒロくんがいればいいんだよ」というコウちゃん評。  温和なる長男が口にする「近いか遠いかしかなくてちょうどいい位置がない」という夫婦評。  それぞれ思い出しながらひーにゃんのヒロくん甘やかし疑惑を疑惑ではなく事実として認定する。   「ヒロくんが食べたいものとか食べたい量が最低設定なあたりがひーにゃん」 「そういうのはあるかも……」 「甘やかしである」 「甘やかしかなあ」    首をかしげるひーにゃん。  みんなヒロくんに甘い。   「愛され男子ヒロくん?」 「社内にいるとそういう空気を強く感じるかもね」 「誰かではなく君のことですよ! 人の話はしておりません」  私の言葉に困った顔のひーにゃんは「覗き見したことは内緒ね」と言った。  ヒロくんが肉まんやあんまんを皮を分離させることはなかった。そういうことにしておくのが大人だというのだ。 「疲れてたり集中してるといつもと行動が違うから、そこはツッコミ入れないのがいい」 「お雛様は大人」 「同じこと言ってるよね!?」 「ひーにゃんには連続猟奇殺人犯の疑いがある」 「嘘でしょっ」 「嘘だけれども」 「だよね!」  ホッとしたような顔をするひーにゃんにどこか距離を感じるのは会社の中で顔を合わせているからかもしれない。  よそよそしくないのに他人行儀な雰囲気がある。  きっといつでもどこでも変わらないお雛さまやコウちゃんがいるせいかもしれない。    ヒロくんとひーにゃんはみんなの前と家の中ではちょっとだけ違う。    

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