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番外:下鴨家の人々 「長男と次男の平和な時間」
下鴨鈴之介視点。
※番外編は時系列順に並んでいない可能性があります。
最近は夕飯前に弓鷹と一緒にお風呂に入ることがある。
その日も俺と弓鷹の二人だけだった。
湯船に浸かって頭を洗う弓鷹を見て、ふと気づいたことを口にする。
「耳って洗う?」
シャンプーを流し終えてから「どういうこと」と俺を見る弓鷹。
言葉のままだ。
耳って洗うんだっけと思い出すように気になった。
リンスやコンディショナーなんかを使わない弓鷹は身体を洗い終わっていたので湯船に入ってきた。
「耳がなんだって?」
「コウちゃんやヒロくんがお互いの耳を噛んでいる気がして」
「ヒロくんはコウちゃんの耳を引っ張ってるイメージが強いけど」
弓鷹の言葉にうなずきながら、噛んでる気がするという主張は変えない。
具体的にいつとは分からないがヒロくんもコウちゃんの耳は噛んでいる。
「耳を噛むのって衛生的じゃないとかそういう話、兄貴? 二人がお互い気にしてないなら放っておけばいいんじゃない」
「コウちゃんたちのことじゃなくって、深弘が俺の耳を引っ張って遊ぶことを覚えたから、そのうち噛んでくるかなって」
俺の言葉が意外だったのか弓鷹は首をかしげた。
「寝てたの邪魔した?」
「ソファの脇にいたのが見えなくて、蹴っちゃったというか、足が当たったというか」
泣くことはなかったが謝る俺の耳を深弘は引っ張ってきた。
怒っていますというアピールなのは言うまでもない。
ヒロくん語なら謝っても許さねえよという扱いかもしれない。
「俺は耳を噛まれたときに深弘にやめるように言うんじゃなく差し出そうと思う」
「兄貴ってどうかしてるよな」
「お前が気の済むまでやればいいって」
「ヒロくんとコウちゃんが喧嘩したときにヒロくんから飛び出す発言じゃん」
「そのために耳を綺麗にしておこうって」
「妹に耳を噛まれるのを良しとするのかよ……」
呆れ顔の弓鷹に「深弘が噛みたがってるなら噛まれてやりたい」と言ったら溜め息を吐かれた。
それでも見捨てることなく考えた顔で俺の話に付き合ってくれる。いい弟だ。
「耳の中に水が入るのはよくないって」
「なんか聞くね、それ」
「身体洗う時にヒロくんに耳の後ろを洗うように言われる」
「忘れないように~って感じでたしかに言われた」
「コウちゃんは頭ふいてくれるときに必ずタオルで耳をぐりぐりする」
「たしかに、たしかに! それある。あれちょっと気持ちいい」
「いじると血が出るからそのぐらいでいいんじゃない」
いつも通りで十分に綺麗だと口にする弓鷹に納得する。
自分では綺麗かどうかわからない耳が気になったのはお風呂に入る前に見たことも関係するのかもしれない。
コウちゃんがヒロくんに耳かきをしていた。
細かいことが得意だけれど凝り性なところがあるコウちゃん。
ペンライトでヒロくんの耳の中をじっくり見ていた。
綺麗だからやりがいがないと言っていた。
「俺はいいけど弘子は気にしだしていじっちゃうタイプだから言わない方がいいよ」
「指の間のクレヨンがとれないってすごい手を洗ってたときとかあったからね、気を付ける」
弘子は神経質とか繊細というわけではなく気になると放置できない性格だ。
気づかせない方がいいことも多い。
たとえばヒロくんの耳がやりがいがないのならやりがいのある他人の耳をコウちゃんは耳かきしたいのか、とかそういうことは考えてはいけない。面倒なことになるだけだ。
十ずつ交互に数えて五回往復したところで湯船から出る。
俺と弓鷹は兄と弟といっても年子なので体格は似たようなものだ。
むしろ弓鷹の方が背が高くなるかもしれない。
弓鷹を見ていると俺も成長したとしみじみと感じる。
「なに、兄貴?」
パジャマを着る弓鷹がバスタオルで体をふく手を止めている俺を不審げに見る。
頭を撫でると手を払われて「なに?」と聞かれる。
コウちゃんがヒロくんに素っ気なくされて肩を落とす気持ちがわかる。
頭を撫でてもいいじゃないかと言いたくなる。
「髪が長くなったなって」
「そう?」
「……木鳴のおばあちゃんに前はこのぐらい小さかったのにって深弘サイズで話された」
「下鴨の家には出入りしても木鳴のところにはそんなに行かないから」
「昔は結構いった印象あるけど、木鳴にはお正月メインかぁ」
ドライヤーをセットして髪を乾かしはじめる弓鷹。
俺もパジャマを着て横に並ぶ。
洗面台はふたつあり、ドライヤーも二台ある。
子供用、大人用として大きさが違う二つ。
年功序列ということなのか弓鷹はいつも俺に大人用の方を残してくれる。
いつでも兄を立てる出来た弟だ。
「そういえば、おじいちゃんがコウちゃんに似合いの洋館を作ったからおいでって言ってた」
「え、羊羹? コウちゃんがこっそり作ってる?」
「兄貴、絶対に漢字変換間違えてる。西洋文化を取り込んだ洋風の館 。写真見たけど大正モダンっぽいのかな」
作ったという言い方で作れてしまうものではない。
山を削ったというから大がかりな工事だ。もしかしたら俺たちが生まれる前からの計画かもしれない。
でも、木鳴のおじいちゃんならやりそうだ。平気で利益にならないことをする。
「俺、しばらくスケジュールに空きないよ」
「正直、俺もだけど三連休に来てほしそうな言い方だったんだよね」
カレンダーを頭の中で思い浮かべていると急に扉が開いた。
洗面台を使いたい誰かが来たのかと思ったが違った。
「ここはどこかの楽屋裏か!? 男子二人がドライヤーを使いながら楽屋裏トーク?」
「うるさいぞ、弘子」
「夕飯が出来たのか?」
弓鷹が「着替えてる最中だったらどうするんだ、ノックして入れ」と注意するのを聞き流した弘子は「洋館といえば事件っ」と大盛り上がりだ。
コウちゃんやヒロくんではなく弘子の耳に先に入ったのは失敗だったかもしれない。
弓鷹と顔を合わせて無言でうなずく。
俺たちは行かないので何があっても知らない。
ヒロくんか久道さんに頑張ってもらうしかない。
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