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番外:下鴨家の人々「社内の噂話:マッサージ1」

下鴨康介視点。 「海問題」以降の康介、社長時代。  オレはいつでも他人の注目を集めて噂される存在だという自覚がある。  だから聞いていながら、あえて無視する。  人の話を聞き流しがちな弘文は噂に気を取られることがない。  外から見ていると聞いた端から忘れているような弘文の方が相槌を打っている分だけ、社交的で優しく見えるというから、子供も大人も目が節穴だ。    今日も今日とて女子と女子っぽい恰好の男がキャッキャッうふふとテンション高く噂話を繰り広げていた。    弘文は何も考えずにその横を通り過ぎるだろうが、オレは「ヒロさんが」と聞こえた時点で注意深く会話の成り行きを見守った。盗み聞きじゃない。聞かれたくないことを大声で社内で話すべきじゃない。オレが弘文についての情報収集を怠るわけがないのを社員は知っておくべきだ。つまりは注意喚起のための行動なので盗み聞きじゃない。   「女性社員が弘文が誰かを喘がしてるって噂してたんだけど」  ありえない妄想を口にする人間は多い。  今回もその類だと信じて疑ってないが、ムッとした。  あるはずがないと分かっていても噂になるような弘文の周辺はおかしい。  噂元の女性社員は諜報員じゃない。そんな相手にプライベートが筒抜けなんて、どうかしている。 「知らねえけど、マッサージとかだろ」  知らないと言いながら、それっぽい言い訳を口にする弘文。  いつの間にか受け流しモードになっている。  弘文から「わかるだろ」という謎のメッセージが発信されている。  学生時代はそれに気づかなかったし、すこし前までは気づいたからこそ追及をやめていた。  社長という肩書きを持つと人は気が大きくなるのか、黙るという選択が存在しない。 「マッサージとかするの!? 弘文が!!」 「マッサージぐらいでそこまで驚くなよ」 「だってマッサージだよ、マッサージ」  人を積極的に弘文が触るという構図がオレの中にない。弘文が他人に触れるのは必要最低限だ。  応援しているサッカーチームが優勝したので見知らぬ他人とハグ、なんてことは一生ない。  幼なじみなので久道さんとはハイタッチや肩を組むのが余裕でも、他人はそこまで近い距離には来ない。    他人じゃない子供たちとは、もちろん距離が近い。  弘子のことも深弘のことも毎日抱き上げているし、嫌がられない範囲を探しながら鈴之介と弓鷹とも接触している。  子供たちが望めばマッサージは自分が疲れていてもやってあげるだろうが、問題は社内で起きているということだ。  マッサージという隠語の可能性がある。 「なに? して欲しいのか?」  探りを入れているオレに対してとぼけているのか、弘文が聞いてくる。 「肩こってるわけでもないし、いらないけど」 「いらねえのかよ!!」  警戒して拒否するオレに苛立ったような弘文は勝手に触れてきた。  思わず「あっ、あや、ぇ、やめっ」と油断した声が出る。弘文は平然とオレの腕を丹念にもみほぐす。 「うで疲れてんじゃないのか、これ」 「くすぐったい。うぅ」  背筋がぞわっとしたオレは少し涙ぐんだかもしれない。  オレがしおらしい態度をとると弘文がドS魂を燃やすことを分かっていたのについつい引っかかる。  思い返すとアレが弘文にとってスイッチになっていたかもしれない、という事柄は数多い。  当事者としてそこに立つといっぱいいっぱいになって分からないものだ。 「百八十度、開脚できたっけ?」 「弘文が股関節やわらかくしろとか無理言ったときにちょっとだけ頑張った」 「ちょっとかよ」 「マット運動は昔から見学で済ませてた」  両性ということで女性としての器官があるので何か問題があったらまずいと体育は学校側で免除されている。    男女共学で普通におこなっている授業とはいえ、オレの見た目を考えると邪な人間の気持ちをあおるだけだ。他人と密着するような授業はいろいろな理由をつけてやらないし、他人に体を見せつけるようなこともまたしない。    女性としての器官があっても女性ではないので、柔軟性があるわけじゃない。  骨格からして男なので、どれだか細く小さいなんていうイメージを持たれても女性的なしなやかさは特にない。  これを思い出すと、どうしても弘文から肉付きについて「足りない」と言われていることを思い出して唸りたくなる。  男ならこんなもんだと返したいがオレは脂肪どころか筋肉もないので、平均的男性よりも筋肉がありそうな弘文からするとペラペラな体に見えるかもしれない。   「関節自体は動くよな?」  弘文がオレの内腿に触れる。セクハラ問題が過熱する世間を尻目に堂々と問題行動だ。 「いや、そうでもないか」  オレの右足を持ち上げていく。バレリーナ的な体勢にしたいのは分かるが、無茶だ。 「あ、あー、あぁっ! 引っ張んないでっ。オレの身体をなんだと思ってんだよ」  人形の関節を無視する子供みたいな行動だ。  いいや、弘子でも人形を乱暴に扱ったりせずに綺麗にかわいく飾り立てた。  弘子がキレたときは弘文に突進していって、弘文の腕の中で泣いたり不平不満をぶちまける。  娘のそんな行動を見ながらオレも学生時代はこうだったと他人事のように思っていた。 「お前、寝るときに縮こまるだろ。まるまるっていうか。どうせだから今のばしとけ」 「いいじゃん!」 「ときどき勝手に俺に腕枕させてる」 「いいじゃん!!」  本当はいつだって弘文の腕を枕にしたいし、弘文に抱きついて眠っていたいが、弘文から「疲れてるからやめろ」とか「疲れるからやめろ」と言われてしまうと、出来なくなってしまう。    きっと、働いている弘文と働いていない自分というものを考えて、求めることが悪いことのように感じていたのだ。  なら、自分が社長として働きに出れば変わるのかと言えば弘文はやっぱり「疲れてるからやめろ」とか「疲れるからやめろ」と変わらずに言う。オレのほうが、そんなことは知ったことじゃない。オレがしたいんだからするのだと、強く言える。    働いている働いていないなんて話じゃなくて、オレが弘文の引いたラインを飛び越えるだけの気持ちがあるかどうかだ。弘文は人に触れられるのが今も昔も嫌い。そんなことはよく分かっている。だから、弘文が寝るときに密着するのを嫌がる素振りは嘘じゃない。    でも、オレが弘文の腕を取って枕にしても舌打ちぐらいでそのままにしてくれる。  嫌だし不服でもその行動をするのがオレなら許してくれるのが弘文だ。  結局、オレは弘文に甘やかされているのかもしれない。  そう思うとテンションが上がるが、足を上にあげさせられてわき腹をくすぐるように撫でられると「ひゃあっ」と情けない声が出る。弘文が面白がって、あちらこちらを撫でまわしてきた。オレがバランスを崩したら支えてくれるだろうが、労りが足りない。    それに結局、噂の真相がわからなかった。  オレは誤魔化されたんだろうか。  

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