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運命じゃない人 3

如月(きさらぎ)ルキです。よろしくお願いします」 梅雨入りを目前にして、職場に新人が配置された。一瞬スタッフ全員がざわりと揺れたのは、その男がΩだったからだ。陶器のような白い肌と中性的な顔立ちで、緊張気味に愛想笑いを浮かべている。 「OJT担当は杉浦だ。早く独り立ちできるようにな」 主任に示された秋人は、軽くぺこりと頭を下げる。ルキと目を合わせると、ほっとしたように笑ってくれた。 「頑張りますので、ご指導よろしくお願いします」 その日から、新人のルキを連れ、得意先へと挨拶回りに出かける日々が始まった。Ωということで奇異の目を向けられることも少なくなかったが、豊富な専門知識で会話を盛り上げるルキのおかげで、比較的スムーズに進んだ。 車に戻る道すがら、秋人はひたすら感心しながら声をかける。 「はあ~、お前すげーな。あの先生、毎回新人にわざと難しい質問して楽しんでるのに、圧倒されてビビってたじゃん。俺なんか認めてもらうまでに何カ月かかったことか」 「すみません。やりすぎましたかね……?」 上目使いで心配そうに見てくるルキの頭を、わしゃわしゃと撫でてやる。郁より低い位置にある頭は、背伸びしなくても楽々手が届き、ついやってしまったのだ。 「っと、悪い。こういうのってパワハラになるんだっけ」 「いえ!全然、その……嬉しいです」 「そっか?ならいいけど」 運転席に乗り込みながら、そろそろ腹が減ったなあとぼんやり思う。近くに美味い定食屋があったはずだと思い出し、ここは気前よく奢ってやろうと上機嫌で助手席を見た。 「き――」 「先輩」 熱に浮かされたように頬を染め、じっと見つめてくるルキの顔が目の前にあり、ぎょっとして後ずさる。狭い車内で逃げる場所なんてあるはずもなく、ゴチンと後頭部をぶつける。 「なっ、なんだ!?」 「僕、ずっとΩだってことがコンプレックスでした。同じ成績ならαかβの方が優遇されるから、他の人の倍以上頑張って、やっと同じラインに立てました」 「あ、ああ。今日の様子を見ただけでも分かるよ。頑張ったんだな」 「先輩みたいに性も関係なしに認めてくれた人は初めてです。僕、嬉しくて」 「分かった、分かったから。ちょっと落ち着け」 「僕も落ち着きたいんですけど、こんな狭い中だと先輩の匂いが充満してて……無理です」 「匂い?」 ルキは今にものしかかって来そうな勢いで、苦しそうに息を荒くしている。 「特にここから、すごくいい匂いがする」 首筋に鼻を寄せられて、かかる息にぞわりと背筋が震える。襟をめくられ、ぬるりと温かい感触があり、さすがにまずいと思った。 「待て!いったん外に出よう!」 思いっきり引きはがし、わたわたとドアを開けて車外に出る。湿った風が頬を撫で、舐められた場所がひやりとして、嫌でも意識してしまう。その場所は、毎朝郁が、「いってらっしゃい」とキスをくれる場所だ。 「本当はおれのもの!って跡を付けておきたいけど、やったら怒られるからね」 なんてことを言いながら、いつのまにか毎朝の習慣になっていた。 車から降りて来たルキは、どうやら正気に戻ってくれたようで、泣きそうな顔で俯いている。 「あの……先輩、僕……」 「あー、いいって。お互い忘れよう!な!」 「……はい」 上手くない対応だと思ったが、バクバクと高鳴る心臓は治まる気配を見せず、頭もさっぱり回らない。午後は予定を変更し、公園で座学にした。

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